今日の午後、火葬場で亡くなった義母の火葬が行われた。カミさん、義姉、義姉の長男と長女家族という小さな葬儀だった。死因は癌だが、老衰もあろう。そして、最後にPCR検査陽性反応が出たので、新型コロナ感染者としてそういう対応の葬儀になった。 少し前までは誰も火葬にも立ち会えず、お骨だけが家に帰ってくるというのが一般的だったが、そう言ったところも緩和されてきたのだろう。 同じ日にウチの実家ではオイラの祖父、祖母の分骨式がお寺で行われた。これから先、お墓を管理を誰がしていくのかもわからなくなる時代に備えて、残っているものでお骨を分けたのだ。 オイラの実家とカミさんの実家でたまたま同じ日にお骨を扱うというのも奇遇な話だ。 葬儀とかお墓といった日本古来の習わしもこれからどんどん形を変えていくのだろうと思う。
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昨日午後、義母が亡くなった。 カミさんは日本に向かう空の上だったので、成田に着陸してから家族のLINEでその訃報を受け取った。今回は間に合わなかったけれど、今月初めに1人だけ陽性反応が出て帰れなくなった姪っ子の息子の付き添いで一時帰国できたので、最後に髪の毛を切ってあげたり、お世話をしてあげたりと、ちゃんとお別れはできたと言っていた。きっとそんな奇跡も義母からの計らいだったのだろう。 「今回は3ヶ月くらいの滞在になるかも」 とカミさんは言っていたので、息子とカブとモチとの共同生活が破綻しないかどうか不安だが、頑張ってみる。 これでオイラもカミさんも両親を送り出した。 いよいよ次はオイラ達の番だ。愛する人をもっと愛し、友人達をもっと大事にしながら、怯まず何にでも挑戦していく人生を続けたい。
珍しく日本の朝のワイドショー観てたら、今は夜中でも 「エアコンはつけっぱ」 が当たり前なのね。医者も 「今の暑さは深夜も危険なので、タイマーで切れるように設定せず、ちゃんとずっとつけておいてください」 と勧めていて、コメンテーターたちも 「我が家ももちろんちゃんと朝までつけてますよ、エアコンは」 と胸を張っていた。 エアコンつけっぱは、電気代がもったいない、喉が痛くなる、風邪を引く、などと我々世代はあり得ない話だったけど、変わったんだね。 山森家は 「体に悪い」 ということで、寝る時にエアコンを切るのが習慣だったから、マレーシアで家族4人で暮らしていた頃は、寝苦しくて深夜に起きてしまうことがよくあった。 そうすると家族4人で深夜2時や3時にやっているインド系の屋台に行ってカレーを食べるのだ。 まあ、どっちの方が体に悪いんだよって話だけどね。
昨夕、3週間ぶりにバンコクに戻ってきた。帰宅後1時間ほどしてカミさんは、PCR陽性反応が出て姪っ子家族と一緒に帰国できなかった10歳の長男くんの同伴で日本に向かった。1週間ほど日本に滞在してまたバンコクに戻ってくるが、オイラはその前にマレーシア3週間なのでここも入れ違いになってしまった。 ところで「時効切れ」になっていた療養費申請、出発の前の日に「却下されました」と電話があった。この人たちとは話し合いを続けても時間の無駄だな、と諦めてすぐに受け入れた。生活保護制度も実際にはほとんど却下されると聞いたことがあるけど、政治家がご立派な法制度を作っても、行政にきちんと運用させられないんだったら絵に描いた餅だからね。 さて、久しぶりにバンコクの自宅で目覚め、カブの散歩をして、朝ご飯を食べた。一番安心するルーティーンである。
昨夜、夢うつつで首筋を這い回る何かがGだったことがわかり、深夜3時に一人でパニックに陥っていたオイラです。 一時帰国中に3回ほど通院しながら行った健康診断の結果を今朝聞きに行ってきた。ありがたいことに薬を飲んでいる血圧や尿酸値の他、全ての数値が正常範囲内で医師からも「問題ないですね、いいですね」と診断され、ホッとしている。 食生活が大事だとしたら、コロナ時代のリモートワークのせいで昼も夜も外食がほとんどなくなり、カミさんが苦労して考えている毎食のバランスの取れたメニューのお陰だろう。それからカブのお陰でウォーキング中にジョギングが入るなどペースが上がったことで運動量が増えたこともあるかも知れない。 Gに対しても以前と比較して若干毅然と立ち向かうことができたのもそういった成果かも知れない。