Author: Jun

嵐の中の我が家

這々の体で戻った自宅には娘と孫3人が待っていて、上へ下への大騒動の真っ只中だった。我々は一息入れる暇もなくその嵐に飲み込まれ、目が回る。彼らは金曜日の夜に帰国するが、この週末には「あ〜やれやれ」という安堵、平穏と共に静寂と喪失感が我々を襲うだろう。土曜日の朝は、久しぶりにカミさんとカブとカフェで朝飯を食い、日曜日はソフトボール。賢ちゃんバンドの編集中の曲に取り掛かり、シチリア動画の編集、来週のプレゼン資料の作成、マレーシア出張の手配など、今年初めての「日常」と対面することになる。 そして、次の非日常。1年以上かけて「旅をした」シチリアが濃すぎて熱すぎたので、4月のソンクランは癒しのウブドを予約した。この2週間は何も計画せず、何も目的を持たず、ただひたすら好きなものを飲んで食べて気ままにのんびり過ごし、精神と肉体のバランスを元に戻す。

帰国便

ナポリからドバイ経由バンコクというエミレーツのフライト。まずナポリで航空機内に乗り込んでから、システムの不具合で待たされた挙句、機内から降ろされ、外で待つバスに移動。この時点でドバイでの乗り継ぎ時間が2時間弱だったことからドバイ〜バンコク便に乗り継げるのが難しくなった。 バスで待つ。この時点ではまだ一縷の望みを持っている顔。 イタリア個人旅行は予定通りには進まない。エミレーツはまともに運行しない。 という知見もあり、もうなるようにしかならん、の気持ちでカミさんと腹をくくる(笑)。 その後しばらくして、ターミナルに戻るはずだったバスが引き返し、再び機上へ。不具合が解決したらしい。しかし、フライトのルート変更もあり、さらに到着は遅れると機長からアナウンスがあった。フライト中、到着予定時間と乗り継ぎ便出発時間22:35との見比べる。 到着予定時刻は22:08となっているが、機内で病人が発生し、レスキューの到着を待つなどで時間が押し、またドバイ空港ってのが半端じゃなくデカくて、飛行機からターミナルまでのバス移動に13分もかかる。結局ターミナル内に入った時間は22:40で乗り継ぎ便の出発時刻は過ぎていた。仕方がないのでフライト変更の手続きを、と思っていたらエミレーツスタッフがバンコク行きは搭乗ゲートまで走れ!というのでカミさんと2人で走る。遠いけど走る。電車とエレベーター、エスカレーターを乗り継ぎ、汗びっしょりになりながら走る。 搭乗ゲートで搭乗券を見せて、ゲートを通過しようとしたら 「ナポリからの便の乗客はフライト変更になります」 と告げられ、結局、ゲートは通れなかった。このトム・クルーズ走りの時間とエネルギーを返せ。 そこからあっちへ行け、こっちへ行けのコネクションカウンターのたらい回し。空港が広すぎて、その移動でも徒歩移動、エレベーター移動、電車移動が伴い、いちいち15分くらいかかる。体力も精神もすり減ってヘトヘトになる。 結局、明け方4時のドバイ〜バンコク便に振り替えることになり、食事券だけ渡される。 深夜2時に空港内のKFCでフライドチキンを食べながらもう力の残ってない顔。 バンコク、スワンナプーム空港には午後1時過ぎに着いた。空港から自宅に向かうタクシーの車窓を流れる景色を見て、心の底からホッとした。 ここは「何が起こってもなんとかなる場所」。そう思えるととても心強かった。

さようならイタリア

昨深夜シラクーサからカターニアに車で移動し、レンタカーを返却してカターニア空港で義姉と別れ、我々はナポリに戻る。クリスマス前に訪れた誰もいなかったナポリとは違い、真っ直ぐあることもできない人で繁華街は埋まっていた。 我々はケーブルカーで丘の上の町へ上り、城壁の上からナポリの街を見渡した。 今日はこれからナポリ空港に向かい、ドバイ経由でバンコクに戻る。1年前から計画を始め、毎日様々なイタリアコンテンツに触れ、イタリア浸りだった2025年だったが、2026年の年始にその長かった旅も終わる。 2026年、また新しい目標に向かって頑張って行きましょう。いい1年になりますように!

シチリア最後の朝

雨模様の天気予報を裏切って、シラクーサつまりシチリア島最終日は朝から晴れ渡った。その分空気がクリアで、朝市までの道は冷気が体の芯まで滑り込んでくる。 今朝の目当ては名物の具が盛り盛りのパニーニ。 このパニーニ屋の真ん前に一昨日魚介類を仕入れた魚屋があって、2026年の初売りをしていた。その時に食べた生の赤海老が美味かったので、魚屋のおじさんに 「生の赤海老を3尾、ここで剥いて食べたい」 とお願いしたら売ってくれた。 これをその場で食う! 一昨日の赤海老も美味かったけど、ここで食べたのはさらに忘れられない味になった。これはちょっと反則だった。

年越しと初日の出

昨夜はオルティージャ島の朝市で仕入れた新鮮な食材を栗田シェフが見事に捌いて、美味しい数々の料理を作ってくれた。オイラは申し訳ないけど足手纏いにならないようにずっとゴッドファーザーの映画を観ていただけ。 作ってくれた料理は本当にどれもとてつもなく美味しくて素晴らしい年越しになった。 この赤エビと手長エビ、茹でてないんだ。殻を剥いて生をそのまま食べるんだよ。 マグロは本当に新鮮でトロみたいだった。 オイラは実はフルーツは日本が一番美味しいと思ってたんだけど、このシチリアオレンジ、こんなオレンジが世の中にあったのかと驚く美味さだったよ。 地中海の初日の出はあいにく曇り。でも「天使の梯子」が雲の隙間からたくさん降りてきていたので、今年はみんなにもきっといい年になるよ。 今年もどうぞよろしくー!

明けましておめでとう!

2026年、明けましておめでとう! シラクーザはまだ夕方4時。これから栗田家が部屋にやってきて、今日市場で仕入れた新鮮な食材を料理して年越しパーティーをやろうって話。 昼飯は抜いたし、キャベ2も飲んだし、今宵の暴飲暴食の準備は整えて彼らを待っている。 昨年はいろいろあったけど、オイラ的には最高にいい年でした。今年もみんなにとって最高の年になりますように!

ラグーザからシラクーザに向かう途中でノートというこれも世界遺産の町に寄る。美しい町並みを歩きながら歴史的価値のある教会や大聖堂を巡る。 シチリア島のいろいろな教会や聖堂を見ながらどれもそれぞれ個性があって美しいと感じたが、日本の寺まわりも同じなんだなと思った。 そして、地元の人々にとっては信仰や生活に欠かせない場所。今日初めて懺悔をしている人を見た。 本当に素敵なノートを後にして、シラクーザへ。シラクーザでは4泊し、観光をせずにゆっくりと暮らすように地元の人々の生活をなぞってみたい。 シチリアで最も美しい古代地中海の町と言われるシラクーザは新鮮な魚介類が豊富らしい。明朝は島の市場へ行って魚や食材を仕入れ、部屋のキッチンで料理する予定。

モディカ細道の地獄

スキアーヴィ城を後にすると、「バロック様式の町」として、町全体がユネスコの世界遺産に登録されているラグーザに。宿のそばにあるサンタ マリア デッレ スカレ教会から望む美しい旧市街。 迷路のように入り組んだこの町を歩き回るのは楽しい。今日は、チョコレートでも有名な歴史の町、モディカやシクリ、マリーナ・ディ・ラグーザなどを回る。モディカではGoogle Mapが「目的地までにどうしても通れ」と強要する細道の地獄にハマった。 ヨーロッパのように歴史のある町々は、そもそも車なんてものがない時代に造られているわけだし、世界遺産であればそう簡単に「この家壊して道を広げよう」なんてことはできないので、地元の人々の車は極端に小型だし、運転技術も適応させるしかない。旅行者がこんな図体のでかい車で乗り入れるのが間違っているんだな。 モディカを後にして、シクリ、マリーナ・ディ・ラグーザなど、同じように歴史のある町を回りながら両脇から迫り来る石の家々、細い石畳の道に延々と続く地元民の路上駐車の列に苦労した。 それでもその日帰り旅行からラグーザに宿に戻ってくると、時刻はちょうどマジックアワー。 家々がギュウっと詰まった旧市街が浮かび上がって、とても美しかった。

スキアーヴィ城の奇跡

以前申し込んだゴッドファーザーロケ地巡りツアーがキャンセルになったのは、パート1、2、3全てに登場する最も重要な舞台「スキアーヴィ城」が閉まっているからという理由だった。また、この城はイタリア貴族の男爵が所有していて、特別な契約を交わしたツアー業者とそのツアー客しか入城できない。ということで前回の自力ロケ地巡りでは断念した。 映画の重要な舞台、スキアーヴィ城 2泊したタオルミーナから今日向かう次の目的地ラグーザへの道がスキアーヴィ城の近くを通ることに思い当たり、途中寄ってみることにした。閉まっていたら仕方がないけど、もし開いていれば入城は叶わなくても門の外からその姿を拝むことができるかも知れないと期待したからだ。 スキアーヴィ城に着いたのが朝9時30分。鉄の門扉は固く閉められ、その外観を伺うことすらできなかった。でも、もしかしたら10時に門が開くかも知れない(笑)。未練がましいのだ。もしかしたらのひょっとしてに期待して、近くのカフェで朝飯を食べながらちょっと待つことにした。 10時10分くらいに再び訪れてみると、駐車場と思しき鉄扉が開いていた。 「あ!なんか開いてる!」 とそこに車を滑り込ませる。 そこが駐車場なのかどうかわからないが、そこにひとりの老人がいて、いきなり入ってきた我々に 「おいおい、なんだあなたたちは」 という顔をして近づいてきた。 「ここは、一般の人は入れないよ」 オイラは、これだけ覚えていたトトの時のイタリア語決めフレーズ 「私たちは、スキアーヴィ城を見に日本からやってきました」 を叫んだ。 老人は車窓からこちらを覗き込みながらもその言葉に少し驚いて、そして少し警戒を解いたようだった。 「じゃあ、降りておいで」 この老人は誰なのだろう? 駐車場の管理人? それともまさか姿を現すことはないと言われる貴族の男爵じゃないだろうか? その時の動画がこれだ。途中でカミさんが「あなたは男爵ですか?」と翻訳アプリで訊いている(笑)。 そして、まさかの男爵様だったのだ。 彼は、我々を城内まで引き入れ、なんと男爵自ら場内の全てを解説しながら案内してくれたのだ。 そして、自室内の資料も一つ一つ丁寧に説明してくれた。 もちろんこの由緒ある城の歴史からゴッドファーザーの撮影話、アル・パチーノ、ロバート・デニーロ、フランシス・コッポラ監督たちとの思い出まで。我々はもう「わー」とか「えー」とか「ひー」とか歓声を上げるばかり、舞い上がるばかり。 スキアーヴィ城の外観 映画と現在のスキアーヴィ城の門 バルコニーのマイケルとオイラ マイケルを裏切って新婚の花嫁を爆死させた用心棒とオイラ(体の向きw) この用心棒の裏切りで車が爆発したシーンと現在の場所 パート3の最後、マイケルが亡くなるシーンで使われた椅子はそのまま残っていた。 城の庭に降りてきたマイケルとオイラ。 ・・・なんてことに貴族の男爵様はずーっと付き合ってくれた。幻の男爵に遭遇し、城の案内や説明までしてもらい、様々な撮影シーンの一コマに想いを馳せながら感激の時間を過ごした。 ありがとう、男爵。

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