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Tag: 日本

日本出張

急遽、明後日から娘と2人で一時帰国して、日本のパートナーとの会議やクライアント回りをすることになった。 真夏じゃないので汗だくの外回りにはならないと期待するが、それでも複雑な東京メトロを乗り換え時間を気にしながら1日移動するのは緊張する。 確かもう電車でもマスクはしなくてもいいんだよね。しばらくマスクなしで慣れちゃったので、公共の場で怒られないかビビってる。 早く仕事を終わらせてバンコクに戻ってきたい。

ドラムセットの願い

昨日の続きで楽器の調達。 ドラム担当者もドラムを買わないといけないんだけど、彼はずっと昔に購入したけっこう値のはるヤマハの電子ドラムセットを少し前に使わないからと粗大ゴミとして金を払って廃棄したらしい。 そんなものをまた新たに買い直すとなれば奥様の許可が降りようがない。 そこでメンバー全員でメルカリで中古を探したり、奥様へのお願いの台詞を考えたり、と一丸となっている。 そしてようやくお目当ての中古品とお願いの台詞も決定。 奥様は株をやっているらしく、株で儲かったタイミングを見計らって作戦決行という運びになった。 これが成功すれば、次は安倍くんのベースギターだ。 誰も何も持ってないところからだから大変だ(笑)。

夢のFender

先週末、高校時代にバンドを組んでいたメンバーと久しぶりにオンラインミーティングをし、チューリップを聴いていたら 「またやろうか」 という話になり、 「じゃあ、これから楽器買って、練習始めて2年後の2024年にクラスメートに声かけてライブやる?」 という話になり、ワハハハハって笑って終わったんだけど、昨日ギターを担当していた奴から 「とりあえずこれ、ゲットした」 とメールが全員に届いた。 話は進んでいるwww それにしてもいきなりFenderの30万円近くするモデル。当時彼のギターはFenderじゃなくて「Fernandes」というFenderもどきだったし、オイラのベースも「Gibara」というGibsonもどきだったが、還暦を過ぎて財力もあるのでとうとう夢のFenderを手に入れたのだ。 やること抱えきれないくらいあるのに、また新しいことに手を出してしまった。

肉体のピーク

糖質制限始めて3週間。 72kgあった状態から先週67.9kgと4kg落として67kg台に入ったかに見えたんだけど、現在は68kg台半ばから後半で足踏み状態。この踊り場からなかなか下に降りないねぇ。 でも3kg違うだけでもだいぶ体は軽くなるね。3週間前は20回がやっとだった腕立て伏せも30回いくようになったしね。 一昨日、高校時代の同級生が渓流に野鳥を撮影しに行って靭帯を損傷したと聞いて思い当たる。 今までは普通に昇り降りできた岩場でいつものように上がるだろう足が、意識に反して上がってなくて大怪我をするのは、先日カブと全力疾走競争をして転けたあの感覚と同じなのだ。 それにしても人間の肉体的ピークはどうしてあんなに人生の序盤にあるのだろう。 せめて50代くらいをピークにしてくれればよかったのに。

歴史の舞台

昨日話した日本人建築家は、日本建築の歴史に触れるようになってから日本史、古文、和歌などを勉強するようになったと話した。 学生時代はオイラと同じように世界史を選択、古文なんて将来必要ないと勉強もせず芸大の建築科へ。そこでは欧州の建築は素晴らしいという共通観念の中で海外の建築研究に魅了され傾倒していったらしい。 ところがどこかで日本建築の凄さに触れ、日本の歴史を学ぶようになった。歌舞伎や文楽にも魅了され、どんどん入り込んでいくにつれ、古文、短歌、和歌といった伝統文化を学ぶようになった。(そもそもそれがわからず歌舞伎や文楽が理解できなかったらしい) また日本全国に歴史的な建造物である劇場も残されているらしい。例えばこの旧金毘羅劇場。 舞台の下の回舞台の仕掛けも見事なものらしい。 確かにいろいろな時代背景を知った上でこうした建造物から思いを馳せるのも楽しそうだ。

お骨の日

今日の午後、火葬場で亡くなった義母の火葬が行われた。カミさん、義姉、義姉の長男と長女家族という小さな葬儀だった。死因は癌だが、老衰もあろう。そして、最後にPCR検査陽性反応が出たので、新型コロナ感染者としてそういう対応の葬儀になった。 少し前までは誰も火葬にも立ち会えず、お骨だけが家に帰ってくるというのが一般的だったが、そう言ったところも緩和されてきたのだろう。 同じ日にウチの実家ではオイラの祖父、祖母の分骨式がお寺で行われた。これから先、お墓を管理を誰がしていくのかもわからなくなる時代に備えて、残っているものでお骨を分けたのだ。 オイラの実家とカミさんの実家でたまたま同じ日にお骨を扱うというのも奇遇な話だ。 葬儀とかお墓といった日本古来の習わしもこれからどんどん形を変えていくのだろうと思う。

日本滞在中、夜9時半ごろに立ち寄った丸の内のスタバで大勢の若者が仕事をしている光景に驚いた。 こんな光景が見られるのは日本だけだろうと思い、この動画をタイとマレーシアのスタッフが参加しているグループLINEにアップした。 返ってきたレスは 「Wow」 だった。

北国の夏祭り

日本滞在最後のランチは弟と東村山まで焼肉を食いに行き、夜は弟が作ってくれたうな丼を食べた。 テレビでは長岡の花火大会をやっていたので部屋を暗くして観た。LINEグループにいる元会社の同期の一人が長岡に住んでいるので、 「三尺玉でかいねー!」 などとリアルタイムで盛り上がりながら。 同じグループの同期には青森に住んでいる人もいて、「今、3年ぶりのねぶた祭りから帰ってきた」と伝えてきた。 「夏祭りは北国だよね〜」 とまた盛り上がる。 オイラも青森、新潟に行ってみたい。いつでも行けると思っていた若い頃と違うので、行きたいと思ったら行動に移さないときっと実現しないだろう。 長岡花火、家族にも見せてやりたい。 さて、一時帰国も無事3週間が経ちました。明日の朝、羽田に向かい、バンコクに帰ります!

20年ぶりの駅員さん

今から20年以上前に女性一人でマレーシアに移住してきて現地の日系企業で働いていた「うぴこ」が、 「箱根湯本で動画を撮っていたJunさんに似た人を見たんだけど、まさか箱根になんかいませんよね?」 とメッセージを送ってきた。それは紛れもなくオイラである(笑)。 うぴこは2年前に住んでいた福島を離れて小田原へ移ってきて、なんと箱根登山鉄道で駅員として働いている。月曜日は小田原駅で仕事しているというので、帰りがけに会うことにした。 箱根登山鉄道の起点終点駅である小田原に着いてホームに降りると、女性駅員用のユニフォームを着たうぴこが降車客を見守りながらホームに立っていた。 マスクをしていたがすぐうぴこだとわかった。仕事中だったけど、少し立ち話をして別れた。 他の駅員さんたちのもとに戻って話をしているうぴこはカッコ良かった。

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