昨日のメインイベントはランチ。バンコク在住の栗田家とこのレストランで会うという壮大なプラン。我々がシチリア旅程の丸1日を使って、車で往復300km走って、わざわざランチを食べに行こうと思い立ったきっかけはこのイタリアン料理小倉シェフの1本の動画だった。 調べてみると、他にもこの店を訪れた人々が皆口を揃えて「間違いなく自分の人生最高のレストラン」と言っているのを見て、「人生最高のレストラン」とはどんなものだろう、どんな味だろうと言う気持ちが抑えられなくなった。 タオルミーナの宿からシチリア島の北東の岬の町メッシーナはイタリア本土の「ブーツのつま先」がもう泳いで渡れそうな近さに見ることができる。ハイウェイから山道に入り、レストランのある山の入口に向かう。栗田家とは過去スペインでもバッタリ遭遇するなど、遭遇タイミングが神がかっているので今回も「山の登り口でバッタリ遭遇したりしてね」と言っていたら バッタリ遭遇した。 この「Ristorante Fattoria Borrello」というレストランは食材を自分たちで飼育、栽培しているのでそもそもその環境が違う。 小倉シェフの動画にも出てくるアンナさんが直々に今日のお勧めメニューを決めてくれ、それに小倉シェフお勧めのワインをペアリング。 野菜も採れたて、チーズも今朝作ったもの、肉は自家飼育の黒豚や牛。どれも皆今まで食べたこともないほど美味しくて、確かに誰もが「人生最高のレストラン」と称賛するだけあるんだなと思った。 この黒豚のスペアリブなんかとろけるよう。 最後にアンナさんと。 15時間かけて、さらにそこから300km走ってでもまた行きたいと思える素晴らしいレストランだった。
Author: Jun
翌朝カターニアの宿で起きると、できるだけ早くこの魔界から脱出しなければという思いと共に荷物整理をして車に乗り込んだ。 今日は、この旅のきっかけとなったゴッドファーザーロケ地巡りだ。予約していたツアーは向こうからキャンセルになったので、「自力」で場所を探しながら巡ることになった。まず向かったのは、マイケルの父親、ドン・コルレオーネの故郷でもあるコルレオーネ村のロケ地、サヴォカ。 この景色を探し出した。 ここはマイケルがアポローニアと結婚式を挙げた教会から、アポローニアの父親が経営するBar Vitteliに向かう道中だった。そのBar Vitteliは、なんと現存する。 マイケルとその用心棒たちが休憩しに入り、村で見かけた女性の話をすると、この店のオーナーがその父親だった。 現存するBar Vitteli。今もその面影を残すカフェになっている。 ここでマイケルはアポローニアの父親に「彼女と結婚したい」といきなり告げる。 そして、オイラもマイケルの席に座る。 そして中でカンノーロとどろどろのホットチョコレートを飲んだ。ゴッドファーザー撮影時の写真や小道具が飾られていた。 ここからまた数カ所、ロケ地を巡り、同じような写真を撮りながらタオルミーナに向かった。
今日は、何もかもが素晴らしかったカステロブオーノを後にして、シチリア第2の都市、カターニアに向かった。この地で夜着のフライトで日本からやってくる義姉と合流する。ひと足さきにカターニアの宿にチェックインしようと車を飛ばしてきたが、アパートの住人から 「ここは宿じゃない」 と言われ、オーナーを探していたら、胡散臭そうなイタリヤ男が 「ここは1年前に住居になってる。予約なんか受けてないし、Agodaなんか知らない」 とけんもほろろ。いやいやいやいや、予約確認書も届いているし、クレジットカード決済も終わっている。 「そんなこと言われても知らない」 じゃあ、とスタスタとどこかへ行ってしまった。カターニアでいきなり家なき子になってしまった。すぐにAgodaのカスタマーサービスに苦情を送信し、代わりの宿をBooking.comで探す。当日に駐車場有の物件を探すのはほんとに苦労したが、なんとか確保。日本からやってきた義姉を車中泊でお迎えしなくて済んだ。 Agodaは、苦情をもとにすぐに事態を確認したらしく「申し訳ありません、返金します」と返ってきたが、亡くなった宿は戻ってこない。 「どうしてこんなことが起こったのか理由を説明して欲しい」 と返したら、 「契約している代理店の確認不足でした。申し訳ありません。今後は宿にも直接連絡して確認することをお勧めします」 それ、お前じゃなくて、オイラがやるんか、おい。じゃあ、予約サイト使う意味ねーぞ。ダメだな、Agoda。 しかし、悲劇はここで終わらなかった。 車で確保した宿に向かう途中、地元のマフィアというかチンピラに絡まれて車内にあった貴重品バッグとスマホを奪われてしまった。 すぐに追いかけ、返せ、返せ、と揉み合っていたら、他のチンピラも5、6人オイラを取り囲むように威嚇してきたので、 「こりゃ、本格的にヤバいことになっちまったな」 とぐったりした気持ちになった。揉み合いや罵声の中で、それでもオイラはバッグとスマホを死に物狂いで奪い返した。その間、車は車道のど真ん中にあり、他の車の通行もできず、路上は騒然としていたが、奪い返したものを抱えて車まで走って逃げ込むと、すぐにアクセルを踏んで走り出した。トム・クルーズ必死の逃走だ。 なんなんだ、カターニア。なんなんだ、カターニア人。オイラもカミさんもすっかりカターニアが大嫌いになった。気持ちはこのまますぐに次の目的地タオルミーナまで行きたかったが、義姉は夜カターニアにやってくるのでここを離れてしまうわけにはいかない。 とりあえず確保したアパートにチェックイン。ちょっと落ち着いたら朝カステロブオーノでリコッタチーズクリームのドーナツを食べて以来何も腹に入れてないこともあり無性に腹が減ってきた。遅いランチをしようかと車で街中を走ったが、クリスマス当日は全く店が開いていない。 なんてクリスマスだ! 我慢して帰路に着いたところで、道端のサンドイッチ屋が1軒営業しているのが目に入り、すぐに停めて買うことにした。 もうなんだか、どうでもいい、なんでもありだ!という気持ちを代弁するようなサンドイッチがメニューの中にあったので、オイラは即決した。 「ドナルド・トランプバーガー」 そう、もう、なんでもあり。
「ニューシネマパラダイス」は我々が人生で最も愛する映画のひとつである。この映画は監督のジュゼッペ・トルナトーレ自身の生い立ちの実話を映画化したもので、トトと映写技師のアルフレードとの心温まる交流、切ない郷愁の想いが胸を打つ。 そして、そのトトが本当に愛しく、かわいいのだ。 トトとアルフレード 映画を観ながら大喜びのトト このトトは元々子役ではなく、この映画のロケ地「パラッツオ・アドリアーノ」にたまたま住んでいた少年で、この映画の主役の子役として抜擢された。つまり地元の男の子だった。オイラはトトの父親がレストラン併設のB&Bを経営していることを突き止め、パラッツオ・アドリアーノにほど近いこのB&Bも訪問してみたいと思った。とはいえ、Googleで調べてみると、最後のレビューは12年前になっている。もうこのB&B自体閉館してそこには何もない可能性が高かったが、それでもその場所に何かしらトトの残り香がないか、そんな思いを抑えられず、クネクネした山道を登って行った。 果たして、そのB&Bはあった。しかし、中には人の気配もなく、窓から中を覗いても散らかったテーブルと椅子が昔レストランだった気配を残しているだけだった。 建物の周りを2人でぐるぐるして、どこかに何か手がかりはないかと探したが、猫が2匹こちらを伺っているだけで何もなかった。 「だよね」 とカミさんと納得して、車に乗り込み、建物の敷地を出かかったところで、小さく声が聞こえた。車を止めて、ウィンドウから見上げてみると、建物の2階の窓から中年の女性が何か叫んでいる。無断で敷地内でウロウロしていたことを咎められたんだろうか。何か言い訳をしないと、と思い、Google翻訳で 「日本からトトに会いにやってきました」 をイタリア語に翻訳し、それを読みながら大声で何度も叫んだ。 女性はイタリア語で何か叫んでいるがまるでわからない。なんとなく、そこにいろと言われているようだったので、車のそばで女性が降りくるのを待っていた。 女性は最初ずっとイタリア語で喋り続けていたが、我々がまるで解してないことに気づくと、自分もアプリ翻訳したスマホを見せてきた。 「私はトトの義妹です」 「えーーー!」 オイラとカミさんは顔を見合わせて叫んだ。なんとトトの親族だ。 「散らかってるけど、中に入って」 と引き入れられたレストラン跡には「ニューシネマパラダイス」の写真やオフショット、新聞の記事がたくさん貼られていた。 彼女のそばには、人懐っこくこちらに何か言ってくる女の子と、どこかで確かに見たことがあるような男の子。 「この子たちは、トトの孫です」 「えーーー!」 見たことあると思ったのは、この男の子がトトそっくりだったからだ。 今、我々は、あの愛してやまないニューシネマパラダイスの、あのトトの実家で、あのトトの家族とお話ししている、と思うと感激でそのまま召されそうだった。 そう思っていたら、義妹がスマホでどこかに電話をかけ、二言三言話すと 「トトよ」 とスマホをこちらに向けてきた。 オイラはまるで夢心地で自分で何を話しているのかわからなかったが、オイラとカミさんはあの憧れのトト本人としばらく話をした。全部は載せられないので、最後の挨拶だけ。 オイラは感動のあまり、涙がボロボロ落ちてきてそこで号泣してしまった。カミさんも泣いている。 と、思ったら義妹ももらい泣きしていた(笑)。 それは、クリスマスイヴの奇跡だった。
パレルモ2日目は次の山場、マッシモ劇場。ゴッドファーザー3のラストでマイケル(アル・パチーノ)の息子アンソニー主演のオペラを観劇した後、劇場の表階段で娘メアリーが殺し屋に射殺され、マイケルの慟哭が響く悲しいシーンでも有名。 ゴッドファーザーへの思いが天に通じたのか、ちょうどこの日にポツンと人気オペラ「ラ・ボエーム」が上演されると知り、チケット販売時間前から待機して、ポチポチしていたら第一希望の席を予約できた。この白矢印の2席。中央のマイケル家族がいるボックスシートの隣、手を伸ばせばマイケルに届きそうな席だ。 映画でもちょうどハゲと女性が座っている。 後のドンとなるビンセント(アンディ・ガルシア)が部下の双子と警備に当たっていた劇場の模型の横のシーン。 ここに立つカミさん。 劇場内は豪華絢爛でありながら歴史の重みを感じさせる。 オペラは悲しく、そして美しく。第2幕は舞台一杯のキャストが賑やかだ。 生まれて初めてのオペラをゴッドファーザーのマッシモ劇場で体験し、外に出るとパレルモの夜はだいぶ冷え込んでいた。 そして、マイケルの慟哭の場所でオイラも慟哭した。 レッドカーペットがクリスマスのためにポインセチアになっていた。メリークリスマス。
朝4時半にタクシーを呼んでナポリの宿から空港。夜明けは7時半なので空港に到着してもまだ真っ暗だけど、クリスマス休暇の移動客で大変な混雑だった。だけど女性のグランドスタッフがオイラの搭乗パスを見に来て、 「あなたプライオリティ」 と列から引っ張り出して優先搭乗をさせてくれた。まあ当然禿頭を見て「ジジイだ!」と思ったんだろうけど、あえて「搭乗パスを見せて」と言い、それを見てから判断した(かのような)ジェスチャーは彼女の気配りだったんだろう。 パレルモには予定通り到着し、荷物もすぐに出てきて順調。宿の主人に「空港からバスもいいけどシェアタクシーの方が早いよ」とアドバイスを受けて、シェアタクシーで宿のすぐそばまで。 パレルモはイタリア最大級の市場もあるので地元の生活感を感じるためにすぐに出かける。 大声で女性に声かけながらパニーニを売る名物おじさんの店でパニーニとアランチーノというライスコロッケでイタリアビール。 デザートに聖カテリーナ教会修道院の中で修道僧たちが手作りしていた伝統菓子カンノーロを食べる。このカンノーロは映画ゴッドファーザーでもとても重要な場面で何回か出てくる。 パリパリのパイ生地の中にリコッタチーズのクリームをたっぷり詰め込んだ甘いお菓子。オイラは夢にまで見たカンノーロを一口食べてそのままこの修道院で召されるかと思った。 観光客たちはこの修道院の中庭のベンチでカンノーロを食べるのだ。 夕方、宿の周りを歩いていたら地元のおじちゃん、おばちゃんが集まるパブを発見。 とてもいい感じだったので、中に入ってビールを飲む。 なんてことをしていたら旅の序盤の疲れも出て動けなくなったので、スーパーでハムやチーズ、ワインを買って宿に戻り、のんびりと過ごす夕べとした。
ナポリ2日目は朝6時に駅に行き、電車でサレルノという港町へ。そこからフェリーに乗り継いでアマルフィ。アマルフィは「世界で最も美しい海岸」と言われる観光名所だが、我々の目的はそこではなく、アマルフィから徒歩15分ほどの隣町、アトラーニだ。 ここはデンゼル・ワシントン主演の「イコライザー3」のロケ地で、重傷を負ったデンゼル・ワシントン演ずるマッコールさんがその素晴らしい人々や美しい景色に癒されながらそこを生涯の地として決める。CIAの女性と会うために崖の上にある教会まで駆け上がるマッコールさん。 オイラもその階段の途中でロケ場所を特定し、そこで駆け上がった。 ハゲだからオイラもマッコールさんになれた。 その場所からマッコールさんの肩越しに見下ろすイタリアで最も小さい町、アトラーニ。 その同じ場所からアトラーニを見下ろしてみた。 命を救ってもらった医師、エンゾの家から降りてくるマッコールさん。 この場所を探し出すのは大変苦労した。 夢にまで見たアトラーニでシーンごとのロケ地探しをしながら過ごし、再びフェリーに乗ってサレルノへ。サレルノからナポリに戻る途中で、火山灰で消えた町、ポンペイの遺跡を見に立ち寄ったが、アトラーニで遊び過ぎて、冬季の閉門時間に間に合わなかったのでエントランスから遠くに見える何かの遺跡を見てポンペイには来たことにする。
「初日の予定を崩さずにスタートできたことを前向きに捉えよう」って言ってたのは甘い見通しで、結局乗り継ぎのドバイでさらに2時間ディレイし、搭乗してから機内で2時間待った。もうケツも腰も痛くなりながら、ようやくナポリ空港に着いたと思ったら、 「荷物運搬システムの不具合」 とかで荷物が2時間出てこなかった。 イタリアというのはタイより遅れてるんだな、と思ったけど、イタリア人が静かに待っている以上我々も我慢して待とうと思ったが、他のフライトの荷物が何便も流れて、消えてを繰り返し見ていると 「一体どうしたんだ!」 という怒りが湧いてくる。荷物の係官も全く現れず、乗客だけがそこに取り残されて荷物が出てくる小さな枠を見続けている。イタリア人というのはタイ人より我慢強いんだな、と思っていたら、さすがにポリスが2人ほどやってきて乗客が彼らを取り囲んで罵声を浴びせ、不満をぶちまけていた。警官は「そんなことオレら知らねーよ」というジェスチャーをしながらいなしている。 2時間を過ぎた頃少しだけ荷物が流れてきて、ラッキーなことにその中にウチのスーツケースがあった。 我々はそれを滑らせて外に出たが他の乗客がいつまで待たされたのかはわからない。 結局、宿に着いたのは日没後。予定より5時間以上遅れていたので予定していたナポリ観光はほとんどできなかった。 治安が悪いので夜は外に出るな、と大勢のユーチェーバーが言っていたが、構うもんか。我々は腹も減っていたし、すぐに街に出て一番有名な老舗マルゲリータの店に行く。常に2時間待ちという触れ込みだったが、さすがに神が「お前らはもう待たなくていいよ」と考慮してくれたのか、待たずに入店できた。 店を出る頃には外に長蛇の列だったので本当にこれは神の思し召しだろう。メリークリスマス、アーメン。 そして、日本人が怖がって出ないという夜のナポリは、クリスマス感満載で人通りも多く、感動的に美しかった。ナポリで有名な「スフォーリアテッラ」とラム酒を染み込ませたサバランのような「ババ」、レモンとピスタチオの「ジェラート」を短時間に立て続けに堪能して宿に帰った。 時間は9時前だったが、すぐに爆睡した。
金曜日の夜ということもあり、だいぶ余裕を持って早めに自宅を出てスワンナプーム空港に向かった。その車中で、シチリア合流する予定の栗田家から 「5時間のディレイは翌日の予定への影響も大きくて大変ですね」 と連絡が入り、カミさんと2人で「え?」と驚いた。エミレーツからは何の連絡も来てないし、5時間という恐ろしい数字を見てタクシーの後部座席が少し下がったような気がした。 「とにかくカウンターでできるだけ早い乗り継ぎ便を交渉するしかない」 ということだが、こういうトラブルは旅につきものだし、カミさんなんか 「何だかワクワクしてきた」 と前向きだった。 空港でエミレーツのカウンターに行き、グランドスタッフに搭乗券とパスポートを見せると、しばらくして 「このフライトは5時間のディレイで、出発が朝6時過ぎになりました」 と伝えてきた。やっぱりかー。 とガッカリしたが、スタッフがすぐに 「ですので、それより早い便に振り替えますね」 「え? 早い便があるの?」 「はい、22時15分発の便がありまして、今の時間でしたら振り替えができます。ドバイでは逆に少し時間が空きますが、予定の便に乗り継ぐことが可能です」 「おおおおおお!」 視界が一気に広がって、このスタッフの女性にグータッチしようとしたがすでに下を向いてキーボードを叩き始めていたので危うくおでこを殴るところだった。 もともと20時発予定のこの振り替え便自体が大きくディレイしたことと、我々が5時間近く早く空港に来たことでギリギリ乗ることができたという意味では、 「出鼻いいですね」 と栗田家も喜んでくれた。 そして現在ドバイのラウンジ。時刻は深夜2時半。ドバイからナポリに向かう乗り継ぎ便も30分ほどディレイしているので、ここに5時間ほどの滞在だ。機内ではあまり眠れなかったし、ここで徹夜というのは体力的に厳しいけれど、初日の予定を崩さずにスタートできたことを前向きに捉えようと思う。
