長い間ご愛読ありがとうございました。
Name: 朝田 光 (2004年4月8日)
Date: 04年4月08日 09時12分14秒
ベトナムの3年5ヶ月にわたる駐在が本日を持って終わります。
この話をしたところ尼姉はメッセージで「バカヤロウ」と書いてくるし、Junさんは天を仰ぐし、船宿は「うそ」といったまま絶句しました。
そうです私朝田はついにベトナムを離れ違う国へと転勤となります。今度の国でまだ通信を続けるかどうかは決めていません。少々疲れたのが本当の理由です。Junさんの一言でも毎日のように続けると言うのは本当に大変なことで、そのためもあり、だんだん文も荒れてきて、自分が思い描くベトナム通信とは行かなくなりました。
前にも何回か書いたことがあるけど、今まで7年間マレーシア、フィリピン、そしてベトナムとそれぞれに通信を書いてきました。それぞれの国話題を取り上げたのだけど、マレーシアとフィリピンの場合は月間通信だったので発行回数も少なかったのです。このベトナム通信はJunさんのホームページを借りて公開しようということになって、だんだん毎日がそのペースになってしまったのが事実です。やはり朝田らしい「なし崩し的」「無計画」がこの通信を支えたのです。
2週間前からベト通が途切れがちになりました。これは実は各地を回って「送別会」に出たためです。送別会といえば聞こえは良いのですが、何しろ内示から転勤命令まで2週間無い状況で行われた送別会でしたから毎日夕食会に2回ずつ顔を出すという強行日程で、さらにイッキの嵐ですから、ベト通を書く体力がなくなってしまったのです。

以前にも書いたことがありますが、ベトナムで「送別会」に出るというのは、その分「送別品」をもらうということで、引越しの大型ダンボール箱3箱にも収まらないほどの量をいただきました。このダンボール箱3箱以外にも額縁系がほぼ10枚。こんなのを持って又しても新天地に向かうのは辛いのですが、それでももらった人、一人一人の顔を見ていると無下に捨てて帰ることもできず、結局大量の引越し荷物になりました。フィリピンで使っていた日常品の大半を処分したにもかかわらず、フィリピンの引越しより20箱ほどダンボールが増えたのもショックでした。これも仕方が無いことだと思いますが、やはりベトナム人は心が熱いと改めて認識しました。
これから新天地に向かってまた一から新しく築いていかなくてはなりません。会社の規約上は2週間ほど休暇が取れることにはなっていますが、単身赴任の身軽さ結局休みは半日ほどで着いた次の日から働くことになると思います。私のような色々な国を流れた人間は会社が新しい環境に慣れるのに時間がかからないと思われているらしく、どうもきびきびと使われてしまいます。これも会社員の辛いところかもしれません。
本当に長い間愛読いただきましてありがとうございました。Junさんも次の勤務地から新しく通信を興せと催促されていますが、もうすぐ50歳どこまで気力が持つかどうか分かりません。まあこの項はまだベトナムにいる尼姉に任せるのもいいかなとも思っています。
色々なご支援、そして励ましの手紙ありがとうございました。
これで一旦「ベトナム通信」を終わらせていただきます。
朝田 光