漆黒の闇
Name: 朝田 光 (2004年3月16日)
Date: 04年3月16日 17時05分44秒
サイゴン夜9時。外は真っ暗。もうすぐ雨季が始まるのか湿度が極端に低くクーラーが肌寒く感じる。すでにNHKプレミアムは太陽の影響で10分前から遮断されている。
サイゴンは明るさが無い分道路を通行するオートバイのヘッドランプとテールランプが鮮やかに浮かび上がる。まるで綺麗なパレードを見ているようだ。サイゴンの全ての営みがこの光の行列に代表される。一糸乱れない行進と言いたい所だが列の外側では勝手に走り回るバイクの光も見える。
さっきからボーっと眺めている。10分もこうやって見ていただろうか。ボーっと見ているうちに目の焦点が合わなくなり、その行列自体がまるでソフトフォーカスをかけたような感じになってくる。この瞬間が好きだ。まるで彼らは私にこの光景を見せるために走っているような気さえしてくる。
まだ残っている手巻きのタバコにそっと火をつける。ちょっとはうまくなったつもりだが、それでも不細工なタバコ。これが火を纏ってジリジリと燃えてくる。
さっきから部屋の明かりさえ消してタバコの火とバイクの光の洪水ショウを一人楽しむ。

この奥深いベトナム。600回近く色々なことを書いてもまだまだ分かりきれない。もちろん分かろうとする努力とその奥深さは比較も仕様が無いほどのギャップがあるのは薄々感じてはいたが。
ベトナムというアジアでは典型的なそしてアジアでは最もユニークな国に滞在してはや3年と5ヶ月。未だに解明されていない彼らの一つ一つが走馬灯のように頭の中で現れては消える。日本人と似ているようでどこか決定的に違うベトナム。こんな国を理解するには日本人の鎧を脱がないといけない。日本人の鎧がどれだけの意味があるのか私には未だに分からないが、それでも心に壁を持って入っては何も分からない。
今まで一生懸命自分の中の壁を崩してきたつもりだ。それでも混じらない何かが私の中にはある。これが私の限界かもしれない。所詮私はそれほど小さい器なのだ。
一本目のタバコを消してジャックダニエルを煽る。喉を通過する時いつもよりヒリヒリするのは景色に酔いすぎた証か。どうも最近酒に弱くなった。
シンガポールで買ったお徳用のジャズCDをかけてみる。人に薦められるほどジャズには詳しくないが聞くのは好きだ。本来はアストラッド・ジルベルトあたりのけだるいボサノバを聞くほうが好きだが、今ボサノバを聞いてしまうと崩れ落ちそうにもなる。室内用に着古したシャツももうすでにこれ以上よれよれになりそうに無い。着易さだけが自慢のコッパンも、ボサノバにあいすぎて自分を失いそうになる。
何をそんなに突っ張って生きているんだろう。ジャズにでさえ崩れ落ちそうになる自分をまるで幽体離脱のように意識しながら考えてみる。この光の洪水に一人で立ち向かおうって言うのか?それとも流れに身を任せて流されてしまおうって言うのか?どちらが川上でどちらが川下かさえ分かっていない。こんな中流れに逆らってか流れに勢いを得てか、自分らしさを出そうとすることが難しいのではないだろうか。
ジャックダニエルを満たしたグラスがコトリと音をして静かに氷が溶けたことを教えてくれる。こうやって私も溶けて行くに違いない。静かにそして混じり合うように。そんな風に過ごして見たい。