何を感じましたか

Name: 朝田 光 (2004年3月2日)

Date: 04年3月02日 17時56分51秒

ベトナムに来ている女の子にこんな質問をした。
この子は私の親戚の子ではじめてのベトナム旅行に両親と一緒にやってきた。今年3月に卒業し4月から社会人となるという。
ミトーのメコンクルーズに行って来たばかりの女の子が、ミトーの中州で植物園を歩いたとき、土が赤いのでびっくりしたと言った。その直後にこの質問をした。
人間齢を重ねると話がしつこくなってくる。確かにこのしつこさがこの質問をさせたのかもしれない。また3年にもわたるベトナム駐在の感傷がこの質問をさせたのかもしれない。この質問を発したときに自分でさえ、あまりに場違いな質問で驚いたくらいだ。
さらに会話をする環境も悪かった。古い倉庫を改築したおしゃれなカフェバーでジャックダニエルをすすりながら、意地悪く聞いている私がそこにはいた。
なんでそんなことを聞いてしまったのだろう。ただ楽しいだけのはずのメコンクルーズに意味なんかあるわけはない。またそれほど深く考える場所でもないことは事実だ。さらに意地悪く聞いてしまう態度もいけない。



しかし私が植物園のその小道を歩いたときに別の感情を持ってしまったのは事実だ。彼女の答えも「土が赤いと思った」、至極まっとうな答えである。本来ならばそれだけでいいはずなのだ。ただ私は遠いベトナム戦争のアメリカ軍を思い起こしてしまった。
ベトナムを覆っている大地はほとんどが赤土で粘土質である。ミトーでも日干し煉瓦をこの赤土から作っている。粘土質でさらにメコンデルタはいたるところに川が流れ、池があり、沼がある。ここで戦っていたアメリカ軍や旧南ベトナム軍、ベトコンはこのどろどろとした大地とも戦わなくてはいけなかった。
一瞬でも身を置けばわかる。そこは気持ちの悪い足にまとわりつく粘土層の土であふれているのだ。そんなことをしてまでアメリカ軍は他国の幸福を信じて自国のエゴの元、一般兵士が戦っていたのだ。

自衛隊論議はする気はない。ただ歴史は繰り返されることが良くわかる。現在アメリカ軍はまとわりつく粘土質の土の代わりに、さらさらと流れるような砂漠の土と格闘している。粘土質の土と違い、砂漠の土はどこまでも侵入してくる。デジタル機器は工夫を解かしておかないとすぐに駄目になると聞いている。どちらを向いても過酷な自然条件。アメリカの大地とは違いすぎる。

人はどうして悲しいことを繰り返してしまうのだろうか。神は正義という言葉をどういう考えで作ったのだろうか。正義を振りかざすには人はあまりにも小さい。人を助けるために殺戮が行われる。これも不思議な話だ。北朝鮮のように明らかに「民衆が虐げられている現状を正す」論理ならば実際に戦闘が行われても、もしかしたら理解の端にたどり着けるかもしれない。しかしテロリスト撲滅という名前の下にあいまいな証拠で制裁に乗り出すというのはちょっと理解するには努力がいる。

母を中心としたサイゴン観光団といっしょに戦争博物館やら、クチトンネルの話をしていたら、戦争に関して再考している自分がいた。
世界に秩序が必要なことははなからわかっている。制圧もたまには必要かもしれない。ただ一般市民でさえ弁護人がいるのが正義を吟味するに必要なことなのだから、一方的なジャッジというのはどうも納得がいかないのかもしれない。
私はどうも今現在のアメリカ中心の物の考え方に疑問を持ってしまったようだ。これもこの女の子との会話とベトナム戦争がもたらしてくれたものかも知れない。





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