ハロンへの郷愁

Name: 朝田 光 (2004年2月23日)

Date: 04年2月23日 10時52分03秒

昨日3時間かけてハノイへ帰ってきた。ハノイは喧騒に包まれていてハロンのような静けさは全く無い。サイゴンの方がもっと騒音が激しいがここハノイでさえハロンに比べると両極端のような気がする。あおの静けさに身を置いてしまうと余計バイクの音が耳についてしまう。
Junさんは無事クアラルンプールに帰られて家族との騒音を楽しまれているようだが、私はサイゴンの家に帰っていても会話の音はNHKから流れる無機質な騒音でしかない。ここハノイホテルにいてもサイゴンの自宅に帰っても結局おかれている立場に変わりはない。1年365日旅行を繰り返しているような気さえする。
ちょっと疲れているのかもしれない。
アジアに来て7年が経過した。4年間は単身赴任。それも3カ国の文化の違い、民族の違い。言葉の違いを経験している。勤続疲労という言葉があるとすればもしかしたらそうかもしれない。
今日もハノイは曇天でしかし雲はそう厚さを持っていないのだろう。雲を通して太陽の形がはっきり見える。「朝の来ない夜はない」「夜明け前の闇が一番濃い」色々と太陽にまつわる格言はあるが、「お天道様に恥じない暮らし」を志しアジアを駆け回ってきたが、エネルギーも消えかかる。



一人でホテルの自室でマレーシアで購入したウィスキーの持ち運び用デカンタからジャックダニエルを一垂らし。ミネラルウォーターを二垂らし。氷はルームサービスを呼ぶのが面倒くさいから省略。NHKを消して久しぶりにハノイのバイクの騒音を楽しもう。街角ごとで鳴らされるクラクション。この街も24時間眠らない街のようだ。
目を閉じてハロンの鏡のような静謐を秘めた海を思い出そう。約2000の小島が防波堤の役割をして、小島と小島の間にはほとんど波が無い。それが返って静けさを呼ぶ。
「何のために生きて、どこからどこへ行こうとしているのだ?」静かな疑問が心の中で波紋のように広がる。「一体私は何を達成しこれから何を夢見るのだろうか?」静かな口調でしかし研ぎ澄まされたナイフのような鋭い質問が私に向けられているようだ。
一生懸命やると言うのは他人にとって何の評価の対象にもならない。はっきり言えば「努力は賞賛に値するが評価に値しない」これが会社において最も真実を言いえている。結局毎日に押しつぶされて「評価」に値しないことばかり繰り返しせざるを得ないのも人生。評価を期待し賞賛ばかり得てしまう人生。このまま「気の良い叔父さん」で終わってしまってよいのだろうか。だからといって人生のゴールがはっきりしているわけではない。若いころのようになんとなく「社長」になりたいなどといった向上心もいつの間にか皮がむけるように消え去っていった。出世だけが人生の幸福ではない。分かってはいるつもりだ。それでも何のために仕事を続けていくのかこれがただ「生きる手段として」というだけならばちょっとつまらない。もっと才能があったはずだ。もっとやれることは一杯あったはずだと50歳に近くなって唸っていても過去は変わらない。何が良くて何が悪いのか、こんな単純なことさえ今では良く分からなくなってきている。
いつか日本へ帰ると気が来る。
このときに一体何の思い出を抱いて旅立つのだろうか。ハロンのこと?いや多分「これもできなかった、あれもできなかった」という過去の清算で頭が一杯になってしまってそんなことを考えている暇が無いのだろう。

平凡な人生でも考えることは山ほどある。





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