カンボジアから帰って改めて考えたこと

Name: 朝田 光 (2004年2月18日)

Date: 04年2月18日 12時36分51秒

アンコールワットには色々な見方がある。私のように「壊れゆく人類の偉大なる文明の証」と言う考え方も、単に「すばらしい」と手放しで賞賛する考え方もある。どちらも正しくどちらももしかしたら本質をはずしているのかもしれない。
かつてカンボジアの内戦があったころ、一人の日本人男性がアンコールワットを目指した。彼はカメラマンで内戦の模様をAP通信やNHKなどに売りながら、そろりそろりとアンコールワットを目指して前進していった。初めての接近には失敗したが2度目はかなり近くまでたどり着くことができた。しかし彼はそこでカンボジアの兵士(ポルポト派と推測される)に射殺されてしまう。有名な「地雷を踏んだらサヨウナラ」の一ノ瀬泰造さんの話である。命を懸けてまで見たかったアンコールワット、それぞれのアンコールワットがあるが、彼にとっては強烈なメッセージを持っていたに違いない。
そんなアンコールワットで歴史を語る博物館で奇妙なものを見た。UNTACと書かれた腕章をする兵士が出店されていた。それもその兵士が明らかに女を買おうとしているところを蝋人形で造ってあるのだ。確かに日本では成功と賛辞を受けたカンボジア平和維持軍であるが、地元にとっては複雑な心境なのが良く分かる。もちろん日本の自衛隊がこんなことをしているとは思えないが、それでも地元から見ればちょっとしたことでも派手な遊びと見えてしまうに違いない。それを蝋人形まで造って展示すると言うことはやはりよほどのことなのではないだろうか。



「愚か者は出世する」を書いたアプリーレ・ピーノはその著書の中で声高に人間の知能は退化していると述べている。カンボジアしかり中国然り、旧ソ連しかり時の権力者は権力を維持するために常にと言ってよいほどインテリ層に対し迫害をし、さらには殺略まで行ってしまう。さらには本と言う本を全て焼却処分にしてしまう。歴史を振り返れば確かに賢い人間は葬り去られ、恐怖に震えたようなあるいはインテリほどの教養も無い人々の血が累々と継承されていっているのかもしれない。人間が同属を激しく憎み、常に差別化を加えると言うことは、ピーノ氏の著書を紹介するまでも無く遺伝子にしっかり組み込まれたものなのかもしれない。ある意味でこういった人間が人間を裁くという大それた行為と、そのためたとえ平和維持軍と言われて派遣されていても、遺伝子に従った所作をとってしまうのは自明の理でもある。
この印象が未だにカンボジアにはっきりと残ってしまっていること。韓国の従軍慰安婦問題を例に出すわけでもなくこのような話はローカルの心の中で長い時間滞留してしまうことは間違いない。
何をどのような判断で裁き、その後の復興に何が必要なのか、そしてどんな心境で望めばよいのか、愚かな遺伝子を授けられた私たちには重すぎる課題かもしれない。

私たちは日常生活をなんとなく送っているところがある。毎日ニュースで紛争の場面やら殺人事件など垂れ流し的に流されている。カメラマンの一ノ瀬さんが這うようにしてアンコールワットに近づこうとしたのも、もし彼のカメラを通してならば一瞬の出来事となってしまう。平和維持軍に関してもそうだ。そこに流れる見えない風景を思い起こす努力をしない限り、イラクやアフガニスタンなど軽々しく議論できないのかもしれない。

一ノ瀬さんの生き方と似ているようでまるで違う考え方を持っているカメラマン不肖宮嶋氏でも、カンボジアの自衛隊派遣時には多大な努力をして周りの風景と切り取ろうと努力をしている。

人間には色々な考え方がある。それが素晴らしい。ただそれぞれの真実に潜むわずかな背景を注意深く読み解かないと、そこには誤解という大きな罠が待ちうけている。





ベトナム通信目次に戻る