まあいいか
Name: 朝田 光 (2004年2月6日)
Date: 04年2月06日 12時07分58秒
3週間ほどベト通を離れた。その間「長い間ご苦労様でした」とか「これからもお元気で」というメールをもらったので、再開とはっきり書いてしまうのが怖い。
3週間の間上海、ヤンゴン、バンコク、東京、上海と目まぐるしく回った。この間ベト通を書く暇が無かったわけではないのだが、結果的にPCに向かう気力が無かった。バンコクではJunさんに連絡しようとしたが、留守番メッセージで繋がらず結果的に寂しいバンコクの夜も過ごした。
こうして3週間ベト通から離れてみると、結構色々なものが見えてくる。このベト通を読んでいる方々の中に尼姉の本名を知りたがったり、そして多分この人じゃないかなど言っている人たちもいるという。まあ余計なお世話で誰が尼姉で誰が船宿なのかは、ある意味で小説のように架空の人物だと思っていただいたほうがありがたい。もちろんモデルはあるがそれ以上のことは勘弁して欲しい。

東南アジアをぐるっと回ってみるといまさらながら上海の異様さに気付かされる。上海の20階建て以上の高層ビルはなんと日本全土の高層ビルの数よりも多いのだとか。確かに上海のホテルから見てみると高層ビルがそれこそ森のように地平線一杯にあることが分かる。これはニューヨークの摩天楼をはるかに超えているものだ。しかし一方、この街の排気ガスによるスモッグは街中を覆いまるで深い霧の中にいるような気さえする。サイゴンも確かにバイクによる排気ガスはひどいものがあるが、上海はその倍以上のひどさを感じてしまう。経済成長期の日本も多分こんなものだったのかもしれない。
ヤンゴンは相変わらず経済制裁に悩まされており、やっとホテルだけはビザカードが使用できるようにはなったが、街中の宝石屋さんも土産物屋さんでも全て現金主義である。
ヤンゴンのチャットはその日の相場によるが1円が8〜10チャットくらいである。このため不動産を買うときや大きな買物時は冗談抜きで軽トラックの荷台でないと運べないほどのチャットを用意するらしい。ベトナムであればゴールド(金)がベトナムドンの代わりに流通しているが、ドルが入らなくなったため、全てをチャットでまかなわなくてはならないので大変だ。もちろんこんな状況だから、銀行間取引を全く信用していないし、ましてや銀行そのものも信用していない。ヤンゴンのビジネスマンは500USドルくらい溜まるとすぐにシンガポールに貯金しに行ってしまう。500ドルのために300ドル以上の航空運賃を支払うのだが、それも気にしない。とにかく資金を失うのが本当に怖いのだ。こんなことが繰り返されるから、国中から外貨が無くなっていく。しかも情報も入りにくくなる。今回の鶏インフルエンザに関しても知っている人のほうが少ない。街中の市場では未だに生きた鶏が売買されているし、さらに鶏を使用した料理が何の注意も無く食されている。タイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、そして飛んでパキスタン。全てで鶏インフルエンザの感染が報告されているのに、この菌がミャンマーだけ跳び越して観戦しているとはどうも信じがたい。そう意味では良く分からない国だし、ある意味では恐ろしい国でもある。
まあいいか。こんな地域に暮らしているわけで、そんなことこんなこと言い出したらきりが無い。どうやっても人間死ぬ時は来るわけだから、これも私の運命かもしれない。
ところでベト通続けるのという問い合わせを頂いたが、ぼちぼちとまた続けて行きたいと思う。