ベト通休載のお知らせ

Name: 朝田 光 (2004年1月14日)

Date: 04年1月14日 11時26分03秒

ついに本日を持ってベト通を休載する。理由は以前に書いたとおりドサマワリのためだが、それでも結局は休載とすることにした。本来ならば持参したPCにベト通を書き溜めてその都度発信していくのがやり方だが、Junさんの痛風悪化や私の因る年波に一回ベト通から離れてリフレッシュするのも良いだろうと考えた。今まで色々な方からメールを頂き励まされてきたが、どうも丸7年にもわたる東南アジア生活も私の体に深い疲労という皺を作り出してしまったようだ。皺は伸ばしても刻まれた歴史のごとく元に戻ってはくれないが、それでもゆっくりと過ごすことでこの皺とどう付き合っていくかを考え直すには絶好の機会であろう。とは言ってもベト通を休んだからといって仕事がなくなるわけでもなし、結局追いまくられるだけなのだ。

ベト通を書き出してもう500話を超えた。色々な批判もあるだろうし、間違ったことをとうとうと述べてしまった誹りは免れないだろう。ホームページの怖いところで日常の個人的な感想も含めて全てが個人の日記から公共の情報へと変化していく。世界のどこかでベト通をネタに茶のみ話になっているとかも知れない。以前のJunさんの調査によるとベト通ニューヨークでもモスクワでも中国でも南米でも読まれているらしいことが分かっている。それらの国々に暮らす人々は私よりもっと深い皺に刻まれ苦しい暮らしをしているに違いない。そんな中ベト通で愚痴をいったり溜息をついたりした自分が恥ずかしい。



ふっと夜中につくちょっとした溜息、これが落ち込ませたり、悲しませたり、海外で生活していると一つ一つが重くなってくる。この重しがコーヒーに静かにガムシロップを注ぎ込んだように心の中で沈んでいく。そして一つの層を作り始める。もちろんスプーンで掻きまわせれば簡単にガムシロップは溶け込んでしまうが、溶けても溶けても上からガムシロップを注がれているようで、層は一向に減らない。そのうちコーヒーの方にも限度があるから、溶け込まないガムシロップも出てくる。コーヒーはコーヒーで一番初めの新鮮さや苦味がどんどん失われていってしまう。
文化が違うから仕方が無いんだよ。これを言えば全ての免罪符になってしまう。それでもその文化をすり抜けてうまく商売するのが私の業務ではないか。どう折り合いをつけるかだ。いつもこう思ってはいるが、結局自分が甘くて飲みきれないコーヒーになっていることに気がつく。こんなはずではない、もっと変えなくてはいけない。焦燥感と不安感そして最後に来る絶望感。どれをとっても重い課題だ。この仕事において達成感を得られることは極めて稀である。やってもやっても次から次から新たな問題がふりかかって来る。違う言い方をすればつねに緊張感が伴う新鮮な驚きの毎日でもある。しかし毎日新鮮な魚ばかり食べたとしても最後は食べきれなくなってしまう。これも事実だ。
ベトナムでこの3月で3年半が経過する。5年で一人前とはよく言われることだが、その前にマレーシア、フィリピンを経験している私のとっては結構長く感じられた。それはどこから来るのだろうか。多分2年余りを一人駐在として過ごし、この1年は日本人一人の増員と言う応援はもらったが、それでも孤独感がぬぐい切れない事にあるのかもしれない。

たくましく生きるという言葉の正義と矛盾。よく考えるテーマだ。もちろん東南アジアは特に生きることが大前提で、どう毎日をサバイバルするかが大きな問題となる。食事、医療、ホテル、交通手段。どれをとっても頭を悩ませない日はない。これが澱となって心に沈み込んでいく。

こんな中「ハノイの寂しい夜」や「サイゴンの暗い夜」が生まれた。

ところで話はガラッと変わるけど、一体なぜ「キャディー物語」がダントツなのか未だに分からない。そんなに面白かった?

それでは皆さんまたお会いできる日まで。





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