おめでたい話

Name: 朝田 光 (2003年1月4日)

Date: 04年1月04日 12時01分42秒

前回サイゴンにはカウントダウンのようなものはないなどと書いてしまったが、12月31日街を歩いていたら、そこら中に簡易ステージのようなものが建てられ、カウントダウンの準備をしていた。さらにその周りには日本のお祭りのように出店が出ており、ゲームをしたりお菓子を売っていたりしていた。バンコクほどではないにしてもベトナムでも新暦の新年を祝うことがあるんだと改めて感激した。
12月31日はJunさんと違い紅白歌合戦をまともに見る気にはならず、女性軍のおおとりでベトナムに関係した歌が天童よしみによって歌われるとは聞いていたが、見る気にもならずふらっと出かけた。8時頃から日本食レストラン寿司バーのカウンターでグダグダと過ごし、途中から来た尼姉と日本時間でカウントダウンしただけで、その後帰ってすぐに寝た。正月は朝からゴルフをやり、新年から97と100を切るおめでたさ。
そうそうそういう話をしたかったわけではない。
1月1日の晩、私の秘書がついに結婚したのである。
全くベトナム人の感覚は良く分からない。1月1日に結婚式だと。招待状をもらってから、1月1日は日本人にとって一年で一番重要な日だと教えてあげたら「日本人も同じく旧暦で正月を祝うと思っていた」とシュンとしていた。この結婚式何かにつけて邪魔で、正月気分でお屠蘇でも思っているところへ、上司としてそれはそれでちゃんとして行かなくてはならない。仕方が無いので今回は正月とも言うことでベトナムのアオザイを男性用に作ってもらいそれを着用して参列した。
ベトナムの結婚式はラフなもので、男性もネクタイなどしておらずカジュアルな格好の人が多い。この中正式なアオザイを着て行ったものだから、ウエイターに危うく間違えられそうになったり、昔風の大金持ちと呼ばれてしまったりと、結構冷や汗ものでもあった。どうも被り物系が好きな朝田はどこでも目立つのが好きらしい。



結婚式については色々と書いたが、まずは訂正しなければならない。最近の結婚式は派手に派手にと流れていっている。シャンパンタワーは普通のように行われるし、乾杯の時に銀色の紙は舞い散るしで、玉姫殿化しているのは事実だ。これに最近付け加わったのがウエディングケーキへの入刀。前回のレポートでこれは見た事がないと書いたが、ここ3組の結婚式には全て入刀の儀式があった。まあそれでも日本のように厳かな感じはしないし、ましてや司会が「花嫁、花婿最初の共同作業です」などと声を荒げることもない。セレモニーの流れとして行われる訳で、別にそれが特別扱いでもないのだ。

アジア各地での結婚式に参列してきたが、日本の結婚式と違う点はいくつかある。まずは時間。招待状に開催時間が6時半と書かれていたら、マレーシアでもフィリピンでもベトナムでも、7時半に行っても早いくらいである。時間は厳守されない。以前マレーシアの大先輩は時間通り行ってしまったところ、ホテル側が机を異動している最中だったという笑えない話もある。これもどうしてなのかはよくわからない。
両親の挨拶も、ベトナムの場合昨日は花嫁の父親が挨拶しただけで、新婦の父親は高齢のため省略と簡単なものだった。さらに友人祝辞なんてものも鼻からない。一連のセレモニーがあって、食事をして途中新郎新婦が各テーブルにやってくる。そこで乾杯をして終わり。何も堅苦しいことはない。わきあいあいとパーティーは進むのである。もちろん2次会なんてものはない。
これはこれで楽でいい。
因みに祝儀は日本人で50ドルから100ドルの間。日本より格段に安い。

それでもねここ3ヶ月で5組。お金だけでなくちょっと苦しい。





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