川を渡る
Name: 朝田 光 (2003年12月30日)
Date: 03年12月30日 16時49分01秒
年末にちょっとほっとした話を。
ご存知の通りベトナム南西部は数多くの川や運河に囲まれている。このため川の向こうに学校がありながら、川に阻まれて学校にいけない子供たちがいる。また学校に行こうとしても橋まで大きく迂回をしなければならないので通学に時間がかかってしまう。ただでさえ2部制(午前学級と午後学級)のあるベトナムの小学校は、この通学路は大きな問題となっている。
南西部の一部の村タンロックにもこんな問題を抱えている小中学生がいたが、今年70歳になる老婆がこの小中学生のために11年前から渡し舟を無料で行っている。ベトナムで70歳と言えばはるかに平均年齢を超えており、さらに今までの農業で体もガタがきはじめている。またベトナム戦争のときに負傷しており2級傷病を負っている。その彼女が小中学生のためにゆっくりと今日も櫓をこいで向こう岸へ向かっていく。
こんな話は彼女だけではない。川上の集落では足元もおぼつかない78歳の老婆が櫓を漕いでいる。それも17年にわたって小中学生のために彼女は無償で働いている。2002年には教育に貢献したとして勲章を授与されたが、授与後も何事もなかったように今日まで渡し舟をしているのだ。今までにつぶした渡し舟の数は3隻。この頃では歩くのもおぼつかない。親戚や孫たちは「もう十分貢献したのだからゆっくり休んでくれればよい」と彼女に毎日のように言っている。一時この説得に応じて2〜3日櫓を置いたこともあったが、それでも小中学生のことが気になり、すぐに渡し舟を始めた。

彼女たちに何がそうさせるのか。記者はインタビューの中で下記のような感想を持った。
彼女たちの生きがいは子供たちの笑顔と素直な感謝の言葉です。彼女たちが幼い頃は学校に行くのもままならない時代が続いたので、今の小中学生には自分の分も一生懸命勉強してくれることが何よりもうれしいと思っているようです。
これこそ本来の無償のボランティアかもしれない。
川を渡るということでは、もっと違う方法で地元に貢献した人もいる。わずか数十戸の世帯が暮らす村でもこの渡し舟が大きな問題だった。村民は、通学はもちろんのこと市場での売買でも渡し舟が不足していたことで色々な障害を持っていた。チョンさんは初めはボランティアで渡し舟をしていたが自分の畑仕事が忙しく、人々が求めるときに渡し舟が運行できないことにイライラしていた。船を川岸につけて「自由に使ってください」としたもののこれも小さな子供やお年寄りには手に余るものであった。橋を架けるには吊橋でさえ膨大な資金がいる。彼は数ヶ月考えに考えあるアイディアを実行することにした。
彼は早速2本の屈強なワイヤーを買ってきて、谷を通しそこに箱型の簡単なロープーウエイとぶら下げたのだ。もちろん手動式で手で引っ張って動かさなければならなかったが、滑車が付いており80kgもの荷物も運ぶことが出来た。
このロープーウエイが出来たところで、特に若者たちが大喜びし飽きもせず何回もこのロープーウエイに乗って楽しんでいたと言う。
このロープーウエイ残念ながら今は無い。このことが新聞に載ったことから、橋建設のために多額の寄付がこの村に舞い込み、橋を架ける事になったからだ。それでもこのロープーウエイ15年の長きに渡って村の人々を運んだことになる。
ベトナム南西部にとって川は命の源をなする聖地なもの。その川に邪魔されながらも工夫と善意でこの地方に人々は豊かな人間模様を織り成している。