そういえば

Name: 朝田 光 (2003年12月19日)

Date: 03年12月19日 11時42分08秒

そういえばもうすぐクリスマスである。もうすでに書いたが、今年はクリスマスも正月もベトナムで過ごさなくてはいけなくなった。一人ぼっちのイベントでもある。
クリスマスが近づくにつれ多くのクリスマスカードをもらった。いやもらっている最中である。もちろん無粋なJunさんからは頂かないし当方も出さないことにしているので、ベト通関係でもらうことはほとんど無いのだけど、日本の年賀状に相当するクリスマスカード、一年に一回消息を知らせあうには良いツールでもある。
今年一年を振り返るにはまだ2週間余り早いが、私の会社人生で今年ほど長かった年はあまり記憶にない。まあ強いて言えばフィリピン時代の最後、ローカル社長とやりあって、偶然か故意か私の社用車に銃撃まで受けたときも長かったような気もするが、その時は毎日が緊張の連続で、振り返ってみるとあっという間の出来事だったような気もする。今年もきっと何年かたって振り返ればそんなに長い一年とは感じないのかもしれないが、実際になってみると本当に苦難と苦闘の連続であったような気もする。
ビジネスの方はSEA GAMEで政府系の仕事が大きく停滞し、ベトナムの大型投資も中国に取られっぱなしで大きく広がっていかない。さらにベトナム人はまだ中古の世界に生きていることもあり、コピー商品がはびこり、笛吹けど踊らずといった閉塞感が大きい。それでも本人は必死に地方周りをして活性化を図ったのだが、満足できる結果には結びついていない。これも本人の不徳のいたるところかもしれない。
どうも面白くない日々が続く。日本へ残した家族も丁度子供たちの反抗期ともぶつかって、問題ばかりの年となった。どちらを見ても苦しいことばかりで、ベトナム風に言えばやはり年男はあまり良い年を過ごせないというのが実感でもある。



こんな年でありながら色々な人から「苦しい、苦しい」と色々な相談を受けた。確かにベトナムで生活することは外から考えるよりはるかに厳しい。よく言われることに「一週間ベトナムで観光するのと生活するのがこんなに違う国も珍しい」、これもある意味で真実をついている。孤独と戦い文化と戦いそして最後にある種のあきらめ。これも仕事のうち。それは分かってはいるが辛いことに変りはない。

今年も台湾とシンガポールでSARSの発生がでた。そのこと事態も脅威だが、ここ東南アジアには多分知られていないこのような風土病が隠されているだろう。風邪に似た症状、これだけで安易に風邪薬を飲むのではなく、疑うべきは「デンギ熱」「マラリア」「SARS」さらにアメリカで有名になった「タンソ菌」でさえその候補に挙がる。マレーシア、シンガポール、タイのように医療施設がしっかりしているわけでもなく、日本人医師がいる病院でも「治療時間を過ぎた治療を断られる」土地柄である。ちょっと相談しようにも「実際に来院して検査しなければ分からない。しかし治療時間は終わっているので明日来てもらうか、心配であればローカルの医者に見てもらってください」と言われてしまう。

東南アジアに駐在するのはメリット、デメリットで正しく評価をすると天秤の目盛りはわずかに後者の方へ傾くような気がしてならない。それでもここで仕事をしているということは、やはり東南アジアをある意味で愛してしまったのかもしれない。





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