ハノイ夜の喧騒
Name: 朝田 光 (2003年12月11日)
Date: 03年12月11日 12時29分13秒
サッカー観戦の続きを話したい。
ディーラーがディズニーランド状態を脱し車をみつけ帰ることになった。ゲームが終了してかれこれ40分以上が経ちスタジアムの周りに人影見少なくなりつつあった。しかしもう何回もレポートしている通りこれだけのエキサイティングな試合をしたのだ。街中がお祝い騒ぎで混乱しているのは簡単に予測がつく。
車が駐車場を出た瞬間からお祭り騒ぎが始まっていた。ハノイといえば東南アジアの中でも冬は寒いことで有名なところである。今回も夜ということもあり気温は多分10度を下回っていたと思う。それにもかかわらず結構薄手のシャツを着た青年たちが、太鼓のリズムに合わせて踊り始めている。口々にあの「ベトナムボーディン」を叫ぶ。そのうちショートホーンまで鳴り出した。このショートホーン、多分ヨーロッパサッカーの影響であろうか、単一の音しか出ないのだが、太鼓のリズムに合わせてガチョウが鳴くような音を出している。
それからが大変だった。渋滞はもとより、オートバイがこの太鼓のリズムを奏でるように左右に蛇行はするは車の前を急に横切るはで日本の暴走族に絡まれた状態となってしまった。こんなとき警察はというと、結構お茶目で取り締まるどころか逆にこれらオートバイの若者たちとハイタッチやら手を振るやらで警官もこの暴走を楽しんでいるところもあった。困るのは乗車している方だ。車は傷つけられそうになるし、窓ガラスをむやみに叩かれるので怖い思いはするしで、緊張を強いられた。スタッフはそのとき機転を利かし持っていたベトナム国旗を振るとやっとオートバイは満足したように去ってくれた。

街に入るとそこも大混乱だった。街の中の公園は人で一杯で、ベトナム国旗が何本も振られている。そこで例の気勢である。「ベトナムボーディン」。交差点にもかかわらず通過することが出来ない。バイクが切れ目無く通過しているのを呆然と見守るばかりだったが、運転手がゆっくりゆっくりと前へ進めてようやく渡ることができた。こんな状態だから街の中心に行くのに1時間以上かかってしまった。9時ごろスタジアムを出られたから街の中心に着いたのが10時過ぎということになる。そこからディーラーの親父が私のホテルに送っていくと言ってはくれたが、こんな状態で車を傷つけられると申し訳ないと思い、適当なところで降ろしてもらって、後はタクシーに乗ることにした。
タクシーも簡単にはつかまらなかったが、乗り込んで私のホテルを言うと露骨に嫌な顔をする。私のホテルはメインロードを2箇所以上突ききらないと行けない。結構危険な仕事だとブツブツ文句を言う。それでも説得してホテルに向かうが、この運転手の言うとおり大変な帰り道となった。結局ホテルに着いたのが11時過ぎ。
これら暴走する人見ているとちょっとほほえましい感じがしてくる。ヨーロッパを中心に流行っているフェースペインティングを真似しようとしたのか、顔にベトナム国旗のシールを貼っている。もちろん何人かは本当のフェースペインティングをしていたが大半はこのシール組。たぶんペインティングの材料が売られていないのだろう。
ベトナム国旗も片面はしっかりと黄色い星が書かれているが、裏側は赤一色。つまり一定の方向でしかちゃんとした国旗となっていないのだ。さらにヨーロッパサッカーの影響かベトナムのマフラーを振り回していたが、素材も良くないらしく化繊の感じがした。
応援のときに使う日本ではプラスティック製のポンポン。詳しく言うと野球応援などでお馴染みの二本のプラスティック製のバットを叩くとポンポンと音がする応援道具。これもビニールに空気を入れて使っているので、使っていくうちに空気が抜け、音が出なくなる。このため毎回空気を補充して使うのだが、一回叩くとしなびる、また入れる、また叩くの繰り返しで見ているほうも疲れてしまう。
ベトナムではやはり娯楽が少ないのか、また国力高揚のためか、この暴走行為もう既成の事実として認められているのがちょっと怖い。