生死をかけた仕事
Name: 朝田 光 (2003年12月1日)
Date: 03年12月01日 19時10分51秒
今日は色々と書くことがあったのだけど、一つ一つテーマ順に分けて書いていきたい。ちょっと速効性にかけるけど仕方が無い。
私はちょっと右翼的なところに偏っているかもしれない。駐在員をやっているとどうも常に日本を意識させられ続けて、変な愛国主義におちいるときもある。今回のイラク外交官殺害もこの変な愛国心に大きくインパクトを与えた。本来ならば時事問題は取り扱わないと言うのがこのベト通の骨子だが、同時多発テロも取り上げてしまったし、今回も思い切って取り上げて見たい。
日本中にこの殺害に関して色々な意見があるに違いない。だからイラクは危ないから自衛隊など派遣してはいけないのだとか、すぐに国連のように日本大使館でさえ引き上げるべきだとか。その通りかもしれない。危険であれば撤退し情勢を見るのも一つの手段。ましてや戦争の最初の取っ掛かりだって米国主体のある種のわがまま的スタートを切っている。どれが正義かと言われても良く見えにくい戦争の一つである。しかし現場を預かるものとしては目の前で起きている数々の苦難を見ていると、そんな生易しい議論とは別に人間としての存在意義まで遡ってしまう熱い気持ちが生まれてしまうものだ。亡くなられた奥参事官が生前おっしゃっていた、「イラクの国連本部が爆破されて日本として引くわけには行かないでしょう。」という逆説的な発言も心の底から共鳴できる。日々困っている人たちがいる。それを日常的に見ていると「日本人に生まれてよかったか」などといった議論の外で「人間としてこの状態を見逃せるか」まで遡ってしまう。イラクに比べて小さい話だが、カンボジア プノンペンでホテル爆破が相次ぎ渡航勧告さえ出ていたときに、カンボジアのために商談をしに行くなど日常茶飯事の私にとって、この「引くわけにはいかない」と言う言葉は重くそしてある種の緊張感とともに理解することが出来る。

危険だから行けない、だから現地人でも使って援助なり支援なりすればいいのではないか。全くその通りではあるが、「顔の見える外交」というのは日本で考えているよりもっと重くそして重要なファクターである。
人間、肌の色も違うし言葉も違う、宗教も常識も違う、だから分かり合えないということは無い。煎じ詰めると結局人間通し、根本の常識も「愛する」という考え方もそれほど大きく変わるものではない。どこの人種の親に「自爆テロ」を礼賛して自分の子を差し出す人がいるのか。そんなことはありえない。
こんな状況を肌で感じ始めると、やはり現地スタッフと一緒に汗にまみれて復興支援をしていかないと連帯感も生まれず、またマスターベーション的な支援となってしまう。特に社会が混沌としている時には下がらず踏みとどまって、現地スタッフを支えていくのがやはり一番大事なことなのだ。
考えてみれば、危険だからと言って下がってしまうと言う行為は、どんなに言葉を尽くしても「日本がイラクを見捨てた」ことになってしまう。同じ人間が危険にさらされているときに後方に下がってその情勢を判断するなどどうしてできようか。
最近生死をかけた仕事と言うものがなくなりつつある。安易へ安易へと流れていく。これはこれで仕方が無い現象だろう。それでも人生の中で「生死をかけた仕事」を手に入れることが出来たら、私は喜んでそれを手にする。
もちろんイラクに行けといわれれば今でも喜んで復興の一助として行く。それが政治的な意図ではなく人間としての勤めのような気がしてならない。