サイゴンの暗い夜
Name: 朝田 光 (2003年10月24日)
Date: 03年10月24日 12時18分06秒
明日の午後2時には飛行機に乗ってラオス ビエンチャンへ飛ぶことになっている。荷物を作りながら又しても週末は仕事をしなくてはならないと考え始める。当初立てていた計画はディーラーの相次ぐスケジュール変更でズタズタにされていた。明日(金曜日)にラオスに行き日曜日帰ってくる。そして月曜日の最終便でハノイに飛ぶ。
そんなことを考えていたら悪い癖、一杯引っ掛けてから寝たくなってしまった。そこで水槽バーへ行くことした。
外に出てみると雨。スコールほど激しくはないがそれでもタクシーを待つ間肩を濡らす。雨のサイゴン、バイクに乗っている人たちが雨具を被りいつもの光景とは違う。どこか寂しさを感じる光景でもある。聞きなれているクラクションでさえ悲しい音色のトランペットを思い起こさせる。
タクシーに乗り込みバーに向かう。いつもは物静かなタクシー運転手がこの日に限って色々と話しかけてくるが、生返事しか出来ない。聞かれることは一緒だ。「どこから来たんだ。ベトナムに来てどのくらい経つんだ。彼女はできたのか。ベトナム料理はうまいか。」ワンパターンの会話にいちいち答えるのも億劫になる。ほっておいてくれ。今は相手をしてやる雰囲気ではない。

バーに着くと奥の静まったカウンターに座る。しかし後ろでは3人の日本人がベトナムのウエイトレスとキャアキャア笑いながら話している。私の前にもウエイトレスが来るが、私の雰囲気を察したのかすぐに消えてくれた。助かる。
目の前にもカウンターの下にも水槽の中で魚が水槽の中でうごめいている。水槽が小さいのか四六時中泳ぎ回り出口のない水槽を今日もくまなく点検しているのが良く見える。少々哀れを誘う。ジャックダニエルの水割りを片手に今日のお供はタバコの紫煙。その煙の行方を目で追いながら、過ぎ去っていった友人のことを考える。ハイハー親父、インドネシアにいる盟友。良い友人をこの地で得たが駐在員の性、別れはいつも突然やってくる。私にもベトナムにおいて永遠と言う言葉は無い。いつかやってくるタンソニアット空港での深い溜息。いや安堵の溜息かもしれない。
カウンターの下の水槽を見ると体調3cmほどのフグが群れを成して泳いでいる。もっとよく見ると餌なのだろう小魚がその中心でこのフグの攻撃を受けている。この小魚、まずは目から食べられ、そしてすぐに内臓が無くなっていく。それでも体はまだ勝手に泳いでいる。生きるということは感動的でもあるが、どうもこの食事風景、今の私には馴染まない。その小魚が自分に見え、多くの人から攻撃を受けているような気さえしてくる。
もう一杯水割りを頼む。どういうわけか今日に限って水割りが、たとえ濃さを調整しても水っぽく感じてしまう。そして中々酔いが回ってこない。
これからどうしたいのか、今後どうなるのか、またしても回答のない永遠の問答集のわなにかかってしまった。これだけ働いて達成感が感じられるのか、それとも惰性か、陳腐な正義感か、もうすでに向上心などといった立派な心がけはすでに成田空港で捨てた。これから何を糧にしてこの体を動かしていくのだろうか。
こんなことを考えながら氷の溶ける様子をじっと見ている。そして心の中は今日も一人ぼっちだ。
誰にも聞いてもらえない、そして答えのない深い闇を私は持っている。