愛着ねえ
Name: 虎清水権造 (2005年8月3日)
Date: 05年8月03日 11時29分40秒
実は先日サイゴンへ帰ってきた。
ホームシックと言うこともある。ベトナム語に触れたいと言うこともある。昔の仲間とゆっくり飲みたいと言うこともある。尼姉とサイゴンで会おうと言うこともある。ちょいとメコンデルタに行ってみたいと言うこともある。色々な理由で帰ってきた。
サイゴンはやっぱり変わっていた。昔のデパートもマレーシア系企業が買収してベトナム政府経営時代よりすっかり垢抜けてきた。ドンコイ通りも新しい店が増えたし、むしろなじみの古い店が消えていた。お世話になったJapanese Loungeもすっかり様変わりしたし、街中のオートバイがほんのちょっぴり減って、車が大幅に増えた。だから始終渋滞に巻き込まれることになった。
ベトナム料理が期待したほどうまくなく、またベトナムコーヒーがちょっぴり期待したより苦かった。こんな中生活していたのはもう何年前がと思うほど隔世の感があった。
色々変わった。
昔の部下も特に昔私の秘書だったタオもすっかりお母さんになって、まだ私がベトナムを去ってから1年3ヶ月しか経っていないのに、もう二人目の子供をお腹に宿っている。昔の部下の多くが結婚し、頼りにしていた部下が会社を辞める決意をしていた。特に以前から右腕とすっかり頼り切っていた私の部下は帰る直前「明日辞表を提出します」と打ち明けられ返す言葉も無かった。私のあの時代は知らないうちに静かに幕を閉じていた。

実は今回の最大の目的は心臓発作で亡くなったかつての部下、その実家と墓に行きお線香の一本でもと思ったからである。彼は私が採用した新卒のエンジニアであった。若い割には気が利いて色々と助けてもらった。まあ難点と言えば英語力にちょっとした問題があり、なかなかこちらの言うことを理解してもらえなかったことくらいである。
結構いい男で実家に行ったところ彼女との2ショットの写真を見せてもらった。その彼女彼の死亡を聞いてほとんどノイローゼ状態となり未だに精神状態は戻っていないとの事。
彼の墓は実家とサイゴンの間にある農村地帯にあった。そこがかれらの一族の発祥地らしい。舗装されていない道を10分ほど行くと牛やら鶏やらに歓迎され、小高い草に覆われた丘が見えてくる。そこが彼の墓である。彼の墓の周りには親戚一族の墓もあるのだが、どういう理由かわからないが、墓の向きも設置されている場所もばらばらで何か好き勝手に埋葬されたようになっている。これも長老やら坊主やら色々の人の知恵が入っているのかもしれないが、日本人には全くわからない。
お線香も日本と違い「花火」ほどの大きさのものを鷲掴みにして供える。私は理屈がわからないのでローカルに方法を聞くと線香立てというものは全く無く、墓の前の土にぶすぶすと突き刺せばよいとの事。これも土がここのところの雨で引き締まっておりなかなか刺さらない。それでも頑張って刺していたら、一緒に行ったローカルは回りの色々の場所にお線香を刺しはじめた。どうも墓だけにお供えするわけではなく周りの墓やら自然に対しても彼をよろしくという意味で供えるらしい。この理屈も良くわからない。
彼の死というのが私の一時代終了のゴングだったのかもしれない。(彼には申し訳ないけど)もうベトナムは私にとって外国になってしまった。どうも愛すべき国ではあるが、愛着という意味ではかすかに薄れた。
そんなことをオーバーナイトフライトの機上でゆらゆらと考えた。