つまらない

Name: 虎清水権造 (2005年7月6日)

Date: 05年7月06日 23時45分11秒

昨日は会社に入社して25年以上が経つがその中でも印象的な「最もついていない日」であった。元来楽天家で落ち込んでもすぐに回復する私だが、昨日のショックは今でも引き摺っている。どうも苦手なことが多い。
なんでついていなかったのか、原因は「夜10時過ぎに電車に乗ったのに、酔っ払いがあふれていて結局家までの役1時間座ることができなかった」級の小さいものから「ドドンと思い仕事の話まで」数えれば20やそこら思いついてしまう。
50歳を過ぎてどうも体にも変調を感じ始め会社においてもかすかにゴールテープが見えるようになると、心の中で「あせり」を感じてしまう。こんなときに男は誰かに甘えたくなってしまうものだが、甘え方さえわからず冷たい仕打ちを受けてしまう。これが今の中年から高年にかけての苦しい胸のうちなのかもしれない。
馬鹿をやるには疎んじられ、しゃれたことを言うにはやせ我慢。どうも世の中うまくいかないことが多い。
Junさんのブログを読んでいても、彼は彼なりに苦労していて、ブログの裏の奮闘が見えるようでつらい。あんなに楽天的なことを書いてはいるが、彼の性格は結構地道で計画的さらに繊細。私とは正反対でそれゆえの苦労も多いような気がする。



JalanJalanからアベニューを立ち上げるときも最初の1〜2年は食べるのもままならない状況だったと聞いている。やはり私のHPもそうだが世の中認知してもらうまでには相当の時間がかかりさらに研鑽していかないと世の中の人はついてこない。苦しい努力が報われるかどうかもわからないが己の信じた道を胸を張って正々堂々前に進むだけ。彼の通ってきた道は良くわかる。今でも決して楽に商売をしていないのだが、5年以上会社組織を維持しているのはまずは成功と言って間違いない。立派なものだ。この道筋を目指して私も進みたいものだが、足元さえおぼつかない。
色々と考えたらやはり50歳はまだ不惑の歳なのかもしれない。煩悩は頭を駆け巡り、夢は妄想と化してしまう。己の体力は想像をはるかに超え衰退し、しかし精神は未だに30代半ばにしか育っていない。もう少し飲めたはずの酒もいつしか途中ですっかり眠くなってしまう。
どうもいかん つまらないことばかり書き始めている。隣の芝生は良く見えるのかもしれないし、自分自身が疲れているのかもしれない。研鑽という文字にはあこがれこそすれどうも上半身だけ前につんのめり下半身がついていかない。走っているバランスが悪い。これでは長距離も走れない。
なんでこうなったんだろう。過去を云々振り返ることはそれほど多くなかったが、最近ベトナムのことばかり偲ばれる。あのころ、かつての読者からもベトナム時代はああだったとかこうだったとか、よく指摘されるが、ここまで腑抜けになってしまうとその指摘が煩わしいという以上に悲しくさえなってくる。
もう男として生きていくことはできないのだろうか。他の人も私を男として見てくれることはもうないのだろうか。
ふっと人生の終焉が頭を掠めてしまう。
こんな人生だったのか





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