日本人の「笑い」
Name: 虎清水権造 (2004年11月24日)
Date: 04年11月24日 11時09分32秒
未だに忙しくて見られないのだが「笑の大学」は見たい映画のひとつで、何回も映画館の前を通っては時間が無くて失望感に打ちひしがれる。
最近日本人の笑いについて少々嫌悪感が出てきている。私も日本人の端くれとしてはこんなことではいけないのだが、どうもついていけない。この間も私の会社の海外関連会社社長を集めた会議があり出席を余儀なくされたのだが、このときの受け答えでも日本人特有の「笑い」が出てしまう。各海外関連会社からのクレームを取り上げるのがこの会議の趣旨なのだが(だから私は出席したくなかった)、鋭い質問に対して中年以上の管理職は答えに窮すると不適な笑みを浮かべる。ひどいときは声を立てて笑うのだ。嫌なところを突かれたというのはわかるが、ここで声を立てて笑ってしまうと相手をバカにしたような感じになってしまう。ましてやシンガポールの現地社長は仕事ができるし頭はいいのだが、お爺さんを第二次大戦中に日本兵に殺されてから心の底では「日本が嫌い」。韓国、中国も決して心の底から「日本人が好き」という部類には入らない。こんな会議の中、日本人特有の「馬鹿笑い」は全く国家の恥と言っても良いだろう。
昔からよく言われた「日本人のあいまい笑い。」私はとうの昔からこんな習慣はなく、クレームの時には真摯な態度で少し悲しげな顔をしている。それでもどうして日本人はこんな習慣があるのだろうか。「人と争いたくない」。この考え方からかもしれない。

それともヤクザに絡まれて「顔が引きつった」というのが「笑い」の顔になるように、極度の緊張感からそうなるのか。アメリカナイズされたフィリピンはアメリカ人と同じようなジェスチャー態度を取る。マレーシアのマレー人(イスラム教徒系)はゆったりとした顔ながら、怒ったり怒られたりしたときは顔が締まる。ましてや中国系はもちろん真面目な顔になる。上記のようなクレームまがいのときに「笑う」どころか「微笑む」ことさえ考えられない。この「笑い」「微笑み」は何の意味もないし、かえって攻撃的になってしまう。
日本人通しの会話でも、私だったら「にやにやしてるんじゃないよ」ときちっと言ってしまうだろう。想像してみても自分の子供を叱る時に子供が「ニヤニヤ」していたら許せるだろうか。世の中「グローバリゼーション」と言ってもやっぱり[掛け声]だけなのかもしれない。
だからと言って大橋巨泉のように「だから日本はアホだ、バカだ。」と言うつもりもないし、こんな欠点をカバーする長所はたくさんある。こんなことを書きながら相反することを言ってしまうが、「日本人はあまりにも自虐的」なのではないだろうか。子供を教育する本にも、ましてやペットを育てる本にも必ず長所をほめて育てるというセオリーが載っている。それに対してこういった「文化人」を自認する人たちの日本攻撃のえげつなさ。ましてや夕刊のタブロイド版、特に「日刊ゲンダイ」のひどさ。これが楽しめると言うのも良くわからない。「日刊ゲンダイ」を信じると、過去日本は何回破滅してしまっているんだろう。自分たちの国の首相に対して「ポチ」などの呼称は本当に日本を考えている人たちの使う呼称なのだろうか。
日本ってみんなが思っているより「素晴らしい」国なんだ。
これは是非みんなにわかって欲しい。
PS ところで前回の話。結局「オレオレ詐欺」で。甥は何の問題もなく元気に生活しています。