忙しい日々を送る人たちへ

Name: 虎清水権造 (2004年11月10日)

Date: 04年11月10日 22時18分18秒

私もこの頃常々感じている。「なんて忙しいんだ」と。そんな中こんなコラムを書いている暇はないなどと言って怠けている。困ったものだ。昔の人はそこをよく突いていて「時間を作ろうと思えば作れる。」と言われた。これは本当のことで何とかやりくりすれば時間は生み出すことができる。だからこうやってまた「アジアの片隅で」を書いているわけだ。

気がつけばもうクリスマスカードの時期。去年までだったら秘書が全て宛名書きをしてくれて、ただコメントとサインを書くだけでよかったけど、今年は全てやらなくてはいけない。これだけで気が重くなり未だに一枚も書けていない。例年ならば150枚ほどのクリスマスカードを書くところだけど、今年は50枚いくかどうか。なにせこの後、年賀状と言う大物を控えていると考えると大分気が重い。



年の瀬というのはアジアでは全く感じなかったが、日本へ帰るととたんに身に染みて考えさせられてしまう。アジアでは全く気にもしなかった親戚回りだの、子供のためのクリスマスだの、面倒くさいことが山ほどある。これが若い頃の恋人との甘いクリスマスであれば考え方も違うのだろうけど、たとえ愛すべき家族とはいえもうすでに面倒くさいステージに入っている。どうも仕事にかまけて家族に犠牲を強いているようで居心地も良くない。ただ幸運なことに上の娘は高校生で一年生ながら大学受験講座を予備校で取っていて、クリスマスもクリスマスイブも夜10時まで塾でびっちり勉強してくるらしい。問題は下の娘。こいつは中学生になっても幼心が抜けきれず、未だにクリスマスを楽しみにしている様子。お父さんがいかにクリスマスが嫌いなのかを説明しても全く意に介さず、勝手にクリスマスプレゼントのリクエスト表を作成している。
考えてみたらクリスマスと言うのは日本文化においては良く考えられたイベントだ。お歳暮も出し終わってそれでもボーナス後の華々しさが少し残っている。正月は通常お年玉で終わるから、旅行に行かない限りそれほど大きな出費はない。この状況で子供になんか言われるとやはり財布の紐がちょっぴり緩んでしまう。うまいタイミングででてくるイベントだと思う。これがオーストラリアのように真夏にクリスマスがあると状況は一変すると思う。もちろん夏のボーナス後で中元後という状況は変わらないが、長い夏休みに子供と朝から晩まで顔を見合わせる毎日で、とかく子供に対してイライラしているところ、そこにクリスマスがあってもろくな物は買えないような気がする。

私の家は私を除き基本的にクリスチャンだから、クリスマス当日は教会に行き説教を受ける。これが娘たちにはえらく不満でいつも行きたがらないようだが、それでも正月の初詣をしない家族なので、一年に一回くらいは宗教的なものがあっても良いと私も協力して、連れて行く。ただし、私は頑固な浄土真宗派なので、教会の敷地さえ一歩も入らない。車でじっと待っているのだ。教会からかすかに流れる賛美歌を聞きながら、また教会の聖なる鐘の響きを聞きながら、今年ももうすぐ終わりと考えてしまうのが私のクリスマスの恒例行事となっている。





アジアの片隅目次に戻る