そんなことが色々とあって
Name: 虎清水権造 (2004年10月27日)
Date: 04年10月27日 14時01分01秒
新潟中越地震は驚いた。東京にいても驚くほど大きな地震があって、すわ関東大震災の再来かと思ったら、新潟での直下型地震であった。色々言われているけど、神戸の震災のときよりも地震の激しさはこの新潟が上であったと言われている。それなのに神戸ほど大災害にならなかったのは、家自体が雪にも負けない強い構造にあったこと、神戸の震災を教訓に一定以上の震度を超えたらガスの元栓が自動的に止まったこと、もちろん人口密集に違いがあるなど、色々なことを言われている。しかし神戸の震災とはっきり違うのは、地震があった後余震が続くにせよ、ショック死をする人が多いことであろう。余震はもうすでに200回以上も体感地震があり、さらに震度4の地震も数回起こっている。これがショックを呼ぶ原因でもあろう。
神戸のときも震災を受けたとき小学校だった子供が、知らず知らずのうちに「暗闇が怖い」や、ちょっとして地震に対しても敏感であるとか、色々な形で心の中で深い傷を背負っている。新潟の人たちもそうならなくてはいいが、それでもきっと大きな傷口は残ってしまうのだろうなと考え込んでしまう。
会社の方も、今日は朝からひっきりなしに新潟のベンダーから被害状況が寄せられる。軽微なところから、未だに工場の中に入ることができないほどの深刻なものまでたくさんある。会社の安否情報も仕方がないのだが、勢い生産上のインパクトの話が主となり、そこで被害を受け今でも避難所に暮らされている従業員の話までには及ばない。どうしてもビジネス優先。これも仕方のないことかもしれないけど、何かつまらない世の中になっちゃったよね。

そういえば以前書いたけどベトナムでもビル火災があって、大勢の人が火に巻かれて焼死したことがあった。あの時不運というかそのビルに当社の倉庫があったので、現場に行かざるを得なくて、鎮火から5時間くらい経ったときにビルの中に入ったことがあった。ビルの中は一面異様な匂いでまだ焼死体が片付けられていなかった。もう気持ちの割る居所の風景ではなかった。思い出したくも無い。
ベトナムらしいといえば、まずこのビル火災が起きた瞬間から、このビル周辺に駐車されていたオートバイが全て無くなった。日本人の感覚であれば消防所の支持で片付けられたのだろうとおもうが、実は全て盗難。さらに消防隊が駆けつけて消火活動が行われると思ったら、グランドフロアーにある宝石店に消防隊員が突入してポケット中に宝石を詰め込んでいた。あの時そんなことをしないですぐに消化していたら、もう少し助かった人も多いのではないだろうか。ベトナムではそんな話が多い。急病で救急車を呼ぶと、病院までいくらで運ぶかについて値段交渉が始まる。ベトナムでは金を持っていないとまともな医者に診てもらえない。
タイでも同じと聞いた。病院でまず「お前はいくら持っているんだ」と言うのが最初の質問らしい.。マレーシアはそんなことは無かったけど、どうもタイもベトナムも貧富の差が思ったより激しいようだ。
私の口の中のおでき問題もお金を持っていたから良いようなものに。なまじっか何も無い状態で病院にいってしまったらどうなっていたかわからな