車の運転
Name: 虎清水権造 (2004年10月25日)
Date: 04年10月25日 16時58分23秒
日本へ帰ってきてから普通の駐在員崩れはすぐに車を買うのだそうだ。アジアなどにいるとホンダ、トヨタなど高嶺の花で中々乗せてもらえない車種のひとつであったから、ここぞとばかり日本車を買う人も多い。それでは私はと言えば、もう半年も経っているのに車を買う気配さえない。マレーシアは日本と同じ左側通行、フィリピン、ベトナムはアメリカ並みの右側通行。どうも運転に自信がない。というのはちょっと違い、車を持っていなくても今までなんとなく生活できてしまったと言うのが本音のところだ。そろそろ冬のボーナスを頭金にして買おうかとも思っているがどうなるかわからない。
マレーシアのときは一応副社長だったので、社有車を支給されアウディの3000ccクラスに乗せてもらった。今までの生涯でこの車が一番乗りやすく運転しやすかった。この車で実は190kmを出したことがある。それでも車体側に何の振動も変化も無かった。驚くべき車でもあった。フィリピンのとき初めて運転手付きの車となった。車種はトヨタ カムリ。運転手付きの車とはちょっと言えないほど後部座席が狭く、何か「俄か金持ち」の気分であまり気持ちの良いものではなかった。実は会社では禁止されていたが、フィリピンでは結構休日に隠れて運転をしていた。フィリピンの場合日本の免許書があれば簡単にフィリピンの免許書を交付してくれ、さらに金を継ぎ足せば「プロフェッショナル」という免許書を交付してくれる。「プロフェッショナル」を持っていれば次の日からタクシー運転手やらお抱え運転手として働くことができるのだ。実際私は面白がってプロフェッショナルの免許を取得していた。そういう状況だからこっそり隠れて1時間ほどドライブをして一人でゴルフをしに行ったりした。フィリピンはその頃有名な激しい渋滞の国であったが、流石に土日は運転できた。何回か運転していたら、やはりお抱え運転手にばれてしまって、それを聞いた私の秘書が「命を何だと思っているのですか」と血相を変えて怒った。その頃でもまだまだ日本人誘拐の事件があり、日本人が一人で車を運転するなど誘拐犯にとって「ねぎをしょった鴨」ほどの価値があると言う。特にこういった誘拐犯は日本人が行きそうなゴルフ場出口付近で待ち構えていることが多く、とにかく危険極まりないというのが彼女の主張であった。

そういえばその頃、強盗に襲われて重傷をおった社員など結構怖い話を聞いていたのに、どうも自分のことになるとピンと来なかった。
運転手のことを言えば、今までフィリピン、ベトナムと2人の運転手が私を担当してくれたが、技術、礼儀、総合的にもフィリピンの運転手に軍配は上がる。フィリピン自体階級社会の国。はっきり運転手と乗せる人との階級差があり、こちらを貴族のように扱ってくれる。これに対してベトナムの運転手は昔大型ダンプの運転手だったり、タクシーの運転手だったりで、雇い主に対しての礼儀はひどいものがあった。雨の日でも「車はここだよ。」と大きな声を出すばかりで、軒下で雨宿りをしているにもかかわらずわざわざ道路際まで時には15m以上も歩かされたこともある。
この点フィリピン人運転手はプロフェッショナルで、必ず出口を見ていて、主人が出てくると、どこからとも無くジャストタイミングですっと車がよってくる。本当に気持ちの良い運転手であった。