秋の匂い

Name: 虎清水権造 (2004年10月19日)

Date: 04年10月19日 10時34分03秒

久しぶりにハイハー親父からメールが来た。彼はベトナムから日本へ帰り本社所属になって働いているはずが、帰国してから大半が海外出張で明け暮れているようだ。なにしろ本社に3週間働いただけで頭に円形脱毛症が数箇所でき、日本で働くことが生理的に合わないことを自ら証明してしまった。
今彼はインドにいるらしい。彼はある大手の建設会社 社員で、公共工事を請け負っているのだが、工期遅延やら不当な値引き要求に、法的手段で訴え、インドでも裁判所に通う日々が続いている。このような用事はもちろんインドだけでもなく、マレーシアでもベトナムでも司法が絡んだ仕事になっている。あのチャランポランに見えるハイハー親父が司法が絡むとシャンとするという。流石はプロ、裁判における駆け引きにも長けていて、将来的にはこの仕事で商売をしようかと言っていたほどだ。今はどうしているのだろうか。インドはもう足掛け5年以上裁判所に通っていると聞いているし、大変な仕事は数多い。

秋になるとまだ数ヶ月しか経っていないのにベトナムのことを思い出してしまう。もう何年も前の話のような気がするけど、日本へ帰ってきてまだ6ヶ月しか経っていない。ついこの間のことなのに、センチメンタルが走るのかふと走馬灯のようにベトナムで過ごしたシーンが巡ってくる。ベトナムにいたときは日本が恋しいときもあったし、苦しいとき、どうして私はここで仕事をしているのだろうと嘆いてもみた。のどもと過ぎればではないが、苦しい思いでは中々思い出せずに楽しかったことばかり巡ってくる。もしかしたらというより信念に近いが「どうもベトナムから離れられない気がしてならない。」



東京はすっかり秋。ハノイであれほど珍しがっていた柿やらりんごなどスーパーマーケットに溢れている。まして栗など甘栗として駅のキオスクに売られている。季節感は感じるがベトナムにいたときのような、狂おしい秋の味覚探しなど今では考えもしない。
日本には物が溢れすぎているのかもしれない。これが食べたいと思ったらなんでも手に入ってしまう。代用品など考えも付かない。あのベトナムの当時アゲが無いがために、がんもどきから「アゲ」まがいのものを作ったり、日本の餅が無いがために、韓国製のぺらぺらの餅(トック)で代用したり、出汁をとるために小魚を煮てみたり、いつも失敗ばかりしていたが、たまに驚くほどおいしくできてびっくりする。それでも味の点で言えば日本と大きく違っていて、おいしいと言いながら寂しさがあったりした。それでもそれはそれで楽しかった。

ベトナムに雪は無い。北部にちらちらと雪が降るらしいが、地面に落ちる前に溶けてしまう。根雪など考えられるものではない。このちらちらと降る雪でさえ、ベトナムのローカルニュースではトップの扱いとなる。それほど珍しいのだ。だからベトナム人は日本だと冬の北海道に行ってみたいと言う。きれいな雪を見てみたいのだそうだ。彼らの頭の中には雪がどれほど冷たく、また人々の生活にどれほど不便をもたらしているか、理解の枠を超えている。

ベトナム、やっぱりいい国だ。





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