くたびれてしまって

Name: 虎清水権造 (2004年9月18日)

Date: 04年9月18日 11時23分15秒

夏が去っていく。日に日に涼しさが増している。それはそれで気持ちがいいものだが、体の中の夏が去りつつあるのかくたびれてしまった。四季があるのはいいことだが、いきなり涼しくなると、肢体が弛緩してしまってついつい欠伸のひとつも出てしまう。これから冬になるとどうなるのだろうか。
毎日乗る通勤電車もすっかり学生が帰ってきて混雑するようになってしまった。いつものありふれた風景に戻りつつある。最近思うのだがこのような風景に浸っていると、どうもこれと言った強い意欲が失われていっているような気がしてならない。
この間夕方混雑時に新宿に行くことがあった。久しぶりに新宿駅を歩いてみて、歩きにくさに驚いた。こちらが歩くことに素人なのは実感していたが、人間の数の多さ、そして脈絡なく歩いている姿に感動するよりむしろ恐怖心さえ感じた。ベトナムの場合、歩くと言うのはまれで、ほとんどがオートバイで行き交いをしている。だからこれくらい多くの人間が歩いているところはめったに見られない。しかも新宿駅はプラットフォームが多いこともあり、どこから人が湧き出てくるかわからない。しかも連絡通路の多いこと。よっぽど緊張していかないと通り過ぎることもままならない。まっすぐ歩くことなどよっぽどの変人以外不可能に近い。さらにこれだけの人がいるにもかかわらず、人の声があまりしない。かすかにプラットフォームから聞こえるアナウンスが聞こえる程度だ。全ての人がなぜかよくわからないが、せかせかと急いでいるようにさえ見える。



新宿南口に出てみると、ここは景色が一変する。待ち合わせの人が多くいる。しかしそこで待っている人たちは通行人のことなど考えない傍若無人の態度で、しっかり整列して電車に乗り込む日本人と同じ民族とはは思えない。
どうも疲れすぎているのかもしれないが、歩くのにさえ苦労してしまうこのごろだ。友人と酒を飲んだ帰り、11時半を過ぎているにもかかわらず、どうしてセーラー服の女学生が笑いながら通り過ぎていくのだろうか。
確かにアジアではよく見られるが、どうして幼稚園前のような子供が11時半ごろ路上で遊んでいるのだろうか。歳をとりすぎたのかもしれないが、進みすぎた街新宿に最近どうもついていけない。
日本語の使い方も、昔とは随分違ってきている。コメディアンが日本語を学ぶための教科書が変だと言って観客を笑わせているが、これだけ早く日本語が変わっていくと、教える方も大変だろう。昔など「なにげに」など多用しなかった。「ダサい」が主流だった。決して「キモい」とは言わなかった。「ウザイ」の本当の意味を誰か教えてくれ。温室から言っても決してきれいな言葉ではない。
日本語は世界で最も勉強するのに難しい言語のひとつだ。とよく言われた。実際ベトナム人も勉強するのにてこずり、数ヶ月であきらめる人も多い。彼らの頭の中に「敬語」も無ければ「丁寧語」も無い。ましてやベトナム語はアルファベット、漢字など当の昔から日常で使われなくなった。それでも一生懸命勉強する人たちもいる。こういう人たちが勉強のために一生懸命見ている「テレビ」。NHKでさえ言葉の乱れが強く言われるのに、民放のバラエティーなど見て勉強したら、彼らの日本語はどうなってしまうのだろう。

年寄りの戯言なのかなあ、これも。





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