どうすればいいのだろうか

Name: 虎清水権造 (2004年8月24日)

Date: 04年8月24日 21時46分26秒

人間迷うと色々なことが気になってくる。かつて昔は迷ったら3つのことしか考えないようにした。「前へ進むか」「後退するか」それともそこに「留まるか」。若いころは3番目の選択肢はほとんど考えなかった。つまり「進むこと」か「下がること」しか選択肢が無い。最近階段の踊り場にいるような気がしてならない。上に上がるか下に下がるか、にっちもさっちも行かないのだ。
[あなたの夢はみんなの夢]下手なテレビのキャッチフレーズではないが、大体、私の夢がみんなの夢になりようが無いのだ。気がつけばもう50歳。定年までのカウントダウンしかもテンカウントだ。長めに考えても人生80年。後30年で自分自身の決算処理を行わなくてはいけない。手の中に小さな幸せは持っている。このままこの小さな手のぬくもりを大事に大我なく生きていくのも可能だ。昔から言われる「年寄りの冷や水」ではないが、わざわざ火中に栗を拾わなくても「縁側で日向ぼっこをしている老人」を演じていてもいいわけだ。
どうしてなのだろうか、私の心の中にあるのは今まで生きてきた残り火なのだろうか。なんだか無性に「このままでいいのだろうか」とささやき続けるものがある。残念ながらそこらの陳腐なマンガストーリーのように、日に日にその火が大きくなると言うことは無いのだけど、決して消えることは無い。
こんなことしていてもいいのかなとも思う。多少の金でバーのカウンターでバーボンを煽って酔っ払っていた方が私の性に合っているのかもしれない。いつも未練たらしい自分に憤りを感じてそれが抵抗の証のように、ポッと小さな火が心の中に灯ったのかもしれない。



自分の夢を叶えるためには半歩前へ進めばよい。しかしその戸口を開けた瞬間にそこには嵐が吹き荒れているのか、それとも優しい花道があるのかはわからない。
どうするかだ。前へ進むか、後ろへ下がるか、留まるか。

それでも自分ではわかっている。今までの人生一歩も下がったことは実は無いのだ。昔の表現ながら「ドンキホーテ」のように風車に向かって突っ走っているのかもしれない。自分を孤高の剣士と信じながら虚構に向かって戦いを挑んでいるのかもしれない。とにかく前に進むことで何かが変わると信じてしまう自分がここにいる。

もうこんな話をホームページで書くのは止めにしよう。すでに決めていることを、誰かに後ろから背中を押してもらうようなみっともない真似。こんなことは私には似合わない。自分の人生は自分で責任を取るのだ。半歩の大きさが人生を決めるのは私らしくてとてもよろしい。

何か書こうと思って、またくだらない話をしてしまった。申し訳ない。どうも最近中年の揺らぎがあり、どうも集中がうまくできない。ただ読者の皆様が後で読み返して頂いた時に、きっとこの文の意味がお分かりになると思う。

ちょっと中途半端で申し訳ない。
私って、こんな男です。





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