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Name: 虎清水権造 (2004年7月29日)

Date: 04年7月29日 17時16分44秒

この間韓国に行って以来どうも外国に向かって会話することが増えたような気がする。この夏休み中もベトナム人やら中国人やらと色々な人とコミュニケーションを取っている。グローバル化と言っても良いのだろうがこのインターネットが世界を変えたといってよい。今更ながらなのだが、この発明はやはり人類の文化を変えるものだと改めて感激してしまう。テレックス、ファックス色々とツールは変ってきたが、このインターネットは正に時間軸を超えてしまったと言っても良いのだろう。飛行機で7時間もかかるベトナムともチャットで会議をすることさえできてしまうのだ。これがすごいことだ。一方でどんどん言い訳ができなくなる。何しろ瞬時に向こうと話すことができるのだから、待つという行為がなくなった分、立ち止まって考えることができにくくなった。いつも瞬発力での決断が要求される。
会社員として勤めていればこんな瞬発力は要らない。これは書いてしまったかもしれないが、(最近ボケてきたので昔何を書いたのか覚えていない)
小さな川のほとりで小さな船があった。近くに橋は無い。そこに1人のアメリカ人と1人のフランス人そして2人の日本人が来た。彼らはどうしてもなるべく早くこの川を渡りきりたい。しかしその小船の持ち主は船頭を入れて4人でなければ船が沈んでしまうと言う。この状況でアメリカ人は最大積載能力はなどとハーバード風の理詰めで船頭に迫る。フランス人はわあわあ叫んでいる。そこで日本人はどうしたか?
二人で額を寄せて相談し、上司と思える人間がやおら懐から携帯電話を出して船頭に言った。「ちょっと待て本社に聞いてみる」
こんな状態だから会社がらみで仕事していると、メールのccなど下手すれば30人以上がついてくる。会社が硬直している以前に誰も責任を取りたがらない、この風潮は日本の中で静かに蔓延しているのが実情だ。




この点、自分と仲間で仕事をしてる場合、Junさんもそうだろうが、全て自分が責任を取らなくてはいけないし、また瞬時に決めてしまわなければならない瞬発力が必要となり、これがすがすがしい。もしかしたら間違った判断をしているかもしれないが、私の信条は「間違った決断も早ければ問題は無い、それよりも時間をかけた正しい選択のほうが利が薄くなる。」である。間違った決断も早めにしておけば、すぐに方向転換ができる場合が多い。しかし時間が立てばたつほど追い詰められて後退ができなくなってしまう。これでは人生何かと面白いことは無い。中年になっていても「すね」に向こう傷の一つや二つ増やしていかないと面白い人生は送れない。ただずんでいてばかりいては何も変らない。
昔こんな話を聞いたことがある。人生において難しい問題などひとつも無い。答えはたった二つ。その中から判断すればよい。つまり「進む」か「下がる」かこれだけだ。
なにも闇雲に進めと進軍ラッパを言っているわけではない。もちろん後退も大事な判断要素の一つだ。ただ大事なことは決断の中に「そこに佇む」という答えは無いのだ。

人間残念ながら目は前を見るようにしかできていない。過去を振り返ってあれやこれや考えるのもたまにはいいのかもしれないが、これもフィジカルにおいてもサイコロジカルにおいても人間がそういう風に作られていないのだ。
「前へ」







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