寂しい話

Name: 虎清水権造 (2004年7月1日)

Date: 04年7月1日 17時16分44秒

本日6月30日は税金の関係やらうちの会社の規定変更やらで大量に早期退職者が最後の日を迎える日。彼らは7月1日から新しい第二の人生を歩み始めるのだ。
それでもいったい誰が第二の人生と言い始めたのだろう。確かに年金が開始されるのは私の年代では65歳から。しかも昨今の議論でも明らかになりつつあるが、一体年金をもらえるのやらもらえないのやら。しかるに必然的に60歳から再度就職活動をして働かざるを得ないのだ。それにつけてもこの就職難。老人はどうやって生きていけばよいんだろうか。私などまだ幸運なことに団塊の世代の少し後を歩いているので、この団塊の世代が私にとっての人生の指標となる。これも運不運、実は私の世代が一番得をしているのかもしれない。
昔Junさんが言っていたことがあったが、あの頑張り屋のJunさんでさえ引退してのんびりした人生を歩みたいとため息混じりに言ったことがある。人生そんなに簡単なものでもなく、結果的にのんびりした人生もすぐに飽きてしまいまた刺激を求めて新しいことを始めてしまうのはわかっているのに、すぐに南洋の椰子の木陰を想像してしまう。
実際に椰子の木陰で人間何時間過ごせるか、観光旅行でリゾートに行った人はわかるだろう。日がな一日椰子の下でのんびりなど日本人に生を受けたものにとってこんな残酷な刑はないさえ思ってしまう。のんびりなんてそんなものだ。だから死ぬまでまるでハツカネズミが終わりのない回転車輪に乗って走り回るのと同じように結局何かをしてしまう。それで挫折も味わい、場合によっては失敗し、最後に「何がゆとりのある老後を送りましょうだ」と地球の中心で叫んだとしても誰も聞いてはくれない。




それではどうすればよいのか。結論から言えば若いころからの準備が一番大事だと思う。老後はどうするのかを見据える。特に若いときはこの見据える行為が苦難を伴うのだが、ゆっくり考えていくのが大事だ。なんせまだ30台40台の前半のころまでは、ゆくゆく出世して社長とは行かないものの取締役までいけるかもしれないと夢見ているもの。そんな時期に老後を考えなさいと言うのは、禅修行のように感じられない「悟り」を開けと言っているようなものだ。私が言いたいのは30台から40台にかけて自分が何に興味を持っているのか、何をすれば幸せと感じるかを良く考えることだ。
私のように強烈な海外思考がある人間もいるだろう、また人にモノを教えることに興味を持つ人もいるだろう。とにかく一生付き合える分野を探すことだ。これが一番大事。
これが決まればあとはその趣向に則って将来図を考えてみればいいのだ。

こんな私でも友人はいる。ただ今のところ日本国内にいる友人の数よりも海外にいる友人の数の方が多い。更に言えば気が置けない友人の数は外国人のほうが多いかもしれない。はっきり言えば私など国内で生活する素質がないのかもしれないと最近は思ってしまう。会社ぐるみで心を許せる友人と言うのは本当に少ないのだ。
定年まであと10年。そこまでこの会社にいられるかどうかはわからない。知らず知らずのうちに子供たちも成長している。親など関係ないところで世界ができてきている。
最近女房が何かを買おうとするたびに、いずれ二人きりになってしまうんだから、そこのところ考えて買い物をしたほうが良いと言ってしまう。やはり日本へ帰ってきて急激に老けてきた。あのハードボイルドの世界に戻りたい。








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