最近考えたこと
Name: 虎清水権造 (2004年6月3日)
Date: 04年6月03日 20時36分51秒
今日のJunさんの一言に
子を持つ親としてはしびれる事件が相次いでいて痛ましいな。朝日では「刃物は使い方を誤ると人を傷つけ、命にかかわる。このことを子どもたちにあらためて教える必要がある。」と結論付けているが、論点がずれている。読売では「子供に、もっと命の大切さを分からせねばならない。」と書いているが、一方でイラク攻撃を正当だともしていて不十分だ。子
供たちが道徳授業より多くの時間触れるコミックやゲームなどバーチャル世界では暴力や殺戮が溢れ、英雄化されている。漫画やゲームを大人の感覚で侮ってはいけない。子供たちは全てから平等に学び吸収していくのだ。現在のソフトウェアは、技術も進み、「アトム」や「ウルトラマン」「仮面ライダー」といった昔の英雄モノより遙かに現実と仮想の区別を曖昧にしている。だがそれらに触れていくことはこれからも仕方のないことだ。今後教育現場はこの現実と仮想の「違い」をあからさまにしていくことに力点を置いていったらどうだ。
というのがあった。私も2人の娘を持つ身。金沢で起こった「十五歳と十二歳の姉妹を金づちで殴り重軽傷を負わせた」事件に深いショックを受けている。もちろん今回のカッターナイフ殺人事件もそうだが、どうも難しい世の中になってきたようなきもする。

確かにJunさんが言っているように現実と仮想の「違い」を根本的に教えていくというのは正論だろう。ただ私が心配しているのは目標を失っている日本でどこまで教えられるかという点だ。かつて私の小中学校のころはまだアメリカに比べて劣等国日本で、アメリカを目標にしてきたところがある。しかしあのベトナム戦争以来その威信も消え去り、また東西冷戦の終了で、日本が緊張する相手は北朝鮮となった。今では中国の経済大国化への懸念があるが、それは後ろを走ってくるランナーに対する配慮のようなものだ。このまま日本はどこへ突っ走ればよいのかわからないのではないだろうか。
かつて昔20年以上前アメリカにわたったとき、まだ駐在員にはステータスももっと言えばモチベーションも高かった。アメリカンドリームではないが、「いつか見ていろ」という気概がそれぞれに満ち溢れていた。しかし今はどうだ。日本に勤めているのと変わらないサラリーマンがそこにいるだけだ。日本の電車に乗っても疲れたサラリーマンの山で、飲み屋に行っても、会社の未来熱く語る奴なんか「天然記念物」扱いだ。
いまさらのように「冒険心」を煽ろうとするマスコミもいるが、これだけテレビが普及してしまうと陳腐な表現だが「お茶の間にいても秘境に行ける」時代になってしまったのだ。高額納税者ランクを見ても「健康食品」関係と「パチンコ屋」が跋扈している。どうも若い人たちに夢を与えることが難しい時代になってしまったのではないだろうか。
先日銀座の「ニューヨークカフェ」に行ってみたら、いい年をしたおじさんたちが大挙して競馬新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる。こんな社会では駄目なはずだ。もちろん競馬が悪いという気はさらさら無いが、どうも生きているというより生かされているという人たちが多いような気がする。
私は今残念ながらサラリーマンをやっていて、安定した収入をもらっているが、このままで終わってはいけないと言い聞かせている。人間挑戦を忘れたらすべてをなくしてしまう。大人がこういう気概を持ち続け、次世代にもっと大きな挑戦をさせないと、世の中がもっともっと刹那的に動いてしまうような気がするが、如何なものかな。