朝田光の最近
Name: 虎清水権造 (2004年5月31日)
Date: 04年5月31日 17時48分26秒
最近どうもJunさんの一言で「朝田光」の名前が多く登場する。どうもノスタルジアを感じるのか、昔の話が良く出てくる。
そういえば、朝田氏あてにファンレターも来ていると秘書の尼姉から連絡があった。
死んじゃいましたね、駅で配ってた号外で名前見てびっくりしました。60歳も超えて 「好々爺」みたいな顔して、危険なとこばっかり行ってるわりには 意外とこのまま寿命をまっとうしそう・・と思ってたのに。でも「危険なところで拉致→釈放」されて なんだかエラそうなこと言ってたあの若いフリ−ライタ−と違って 「めっちゃ危険なところで一瞬の死」はやっぱりあの人らしいのかなあ。
あの「戦場特派員」に書いてた「死ぬとなったら 思い残すことは初恋の人にもう一度会ってみたかった」っていうのは 死なないつもりだから言えることじゃないのかな。あの本、もう一回読み返してみようと思います。
突然すみません、お知り合いの朝田氏に何かのついでがあれば「元読者からこん
なメ−ル来てたよ」とお伝えください。ちなみに 亡くなった橋田信介さんの本を「おもしろいよ」と朝田氏が紹介してくださったんです。ご本人はそんなこと もうとっくにお忘れになってるかもしれませんが・・・

朝田を懐かしがっている人が多い。まあ長くても2〜3年以内に彼は東南アジアで復活すると本人も言っているので待っていてほしいと私に言っていた。
彼はアジアのことを忘れずに毎日西のほうを見ながらため息をついています。この間朝田氏から手紙をもらいました。
マレーシア、フィリピン、マレーシア。どこが一番楽しかったかとよく聞かれます。どこもそれぞれ楽しかったのだけど、はっきり言えばベトナムが一番強烈に記憶に残っています。日本のような文化を持っていて強烈な個性、そしてまだまだ遅れているインフラが手足の自由を奪う。しかし戦争特派員には怒られると思うけど、ある意味で大きな危険の匂いも感じる。
橋田信介さんの奥様が「彼は覚悟の上でした。」これが男の勲章だと言ってしまえば格好良すぎるのかもしれないけど、ベトナムでもミャンマーでもカンボジアでも、危険と隣り合わせていると、この危険の匂いが麻薬のように体に興奮を呼んでしまう。ここで死んでしまっても本望だとさえ思い始める。ベト通で書いたことがあるが、何回も何回も、ベトナムを去る最後まで尼姉に言い続けた言葉がある。
「俺がもし何かがあって死んでしまったら、家族には幸せだったと言ってくれ。そして遺骨はメコン河に流してくれ。」
冗談のように言ったし、冗談としてしか捕らえられてないだろうけど、これはある意味で本音だった。やはり危険の匂いを嗅いでしまうと、男の本能がうずきそれに向かって一直線に進んでしまう。
日本で住んでいると理解できないかもしれないけど、死をかけてもやり遂げたい事、そしてそれによる達成感、これは実は本人しかわからない気持ちの充実なんだろうね。
私は橋田氏をかわいそうと思うより、実はうらやましいと思っている。