梅雨前に
Name: 虎清水権造 (2006年6月18日)
Date: 06年6月18日 18時05分54秒
なんだか梅雨の季節がやってきたような(実際そうなんだけど)不安定な天気が続いています。
お久しぶりです。元気でしょうか。だんだん書くサイクルが長くなっていくようで申し訳ない。(まあもうすでにこのコラムを楽しみにしている人は少なくなっていると思うけど)世の中ブログが大ブームでどこを見ても毎日のペースで更新されているから、それを考えるとこのコラム明らかに手を抜いているよね。
この間「ベト通」を若い子に貸してあげたら、まず最初の質問は「ベトナム駐在時代は暇だったんですね」と言われてしまった。そうかそんな感覚か。あのころは本当に必死で書いていた覚えがあり、悲壮感さえ漂っていた。どうも毎日書かないと気持ちが悪いくらいの感じだった。やはり文字でその感覚を表すのは本当に厳しいというのが良くわかった。また面白いとは言われてもどうも作者の意図するところと違うところで感激しているような。実際面白い現象がおきたのでびっくりしたり、かえって感激したりした。やはりこちらの筆力がないのか、文章表現というのは難しいものである。
そんなこともあって、つらつらとベト通を読み返してみるとくだらないことも良く書いたし、結構味わい深いものも書いている。今となっては懐かしいのだけど、実際よくやったなと言うのが率直な感想である。
Junさんの好意で今でも昔のアドレスを叩けばベト通全部を見ることができる。あのままベトナム駐在がさらに続いていたらどんなことを書いていたのだろうか?自分ながらちょっと興味がある。

東京に帰ってきた同じようなペースで同じように書けるかと思ったが、どうも体がついていかない。また興味のペースもはっきり言って落ちてきた。この間久しぶりにベトナム時代の親友と呑むことがあったが、彼は未だにバンコク駐在で、私よりもさらに生き生きとしているのが顕著にわかり愕然とした。こちらはなんだか萎びて行っているような気がする。海外駐在が全て良いとは言わないが、冒険心はなくなる。
そういえばベト通で何回か出てきた「ハイハー親父」が会社を辞めたそうだ。結局日本の会社に馴染めなかったようだ。その気持ちは痛いほど良くわかる。たとえ私でさえ部下を60人超えるほどの部署を任されていても、ベトナム時代の20人と共に戦った時代の方が輝いていたような気がしてならない。
さらに娘は親父に対して典型的な反抗期で口さえきくのに不自由な有様だ。誰のために働いていて、誰のために死んでいく、誰のための人生だ。深く考える日々が続く。
「前向きに生きる」これがこれからの一大テーマだから、もっと夢を持つようなことをしたい。常に夢想する。東南アジアを駆け巡るそんな仕事をしてみたい。いや実現させたい。きっとできるはずだ。いややらなければならない。「念ずれば通ず」
人生折り返しを過ぎた今、残りのかすかな漁火を自分のために使う。こんなことを考えてみたい。
一体Junさんはこの先どこへ船先を向けているのだろうか。
私はまだ夜明けの来ない広い海原の中で方向さえわからずただ闇雲に航行している。