再び桜の季節が
Name: 虎清水権造 (2006年3月31日)
Date: 06年4月01日 10時33分06秒
ぽつりぽつり東京にも桜の便りが聞かれるようになった。私が東京に帰ってもう3回目の桜の季節となる。まったく時は早く巡る。私が帰ってから毎年この季節になると桜を題材にした歌がはやる。今年もWBCの日本優勝の時にかかっていた「いきものがかり」の「SAKURA」が静かに流行っているようだ。日本人はやはりサクラ好きなのかもしれない。
面白いものだ。そういえばシンガポール人や私の知っている外国人は日本のサクラをどうしても見たいと言っていった。特に京都で見るサクラに強い憧れがあるようで、私など京都はサクラではなく紅葉のほうが合うと思ってそれをいくら説明しても、やはりサクラが見てみたいと言われた覚えがある。やはり私の友人は赤道に近いところで生活しているだけあって、サクラのようにぱっとしたイメージのものを好み、紅葉などのどちらかといえば暗い後ろ向きのものにはあまり興味がないようだ。
ベトナムにも一部紅葉がある。ただ残念ながら私の知っている限り樹木の種類なのだろう黄色く色づく森だけだったような気がする。紅葉はやはり紅くなくてはと思うのは私だけだろうか。

久しぶりにベトナム時代の友人とメールのやり取りをした。もうかれこれ5年以上前の友人である。彼のほうが先にサイゴンを離れジャカルタへそして今はバンコクに勤めている。なぜか夫婦2人きりにもかかわらずもう10年以上単身赴任でそこのところの機微が私にはわからないが、ベトナム語がうまく本当にいろいろなこと教えてもらった。とても大事な友人の一人である。うまくいけば日本でちょこっと会えるかもしれないが、どうも昔の駐在員から見て現役駐在員がまぶしく見えてしまうかもしれない。最近うらやましいと思うことはあまりなかったのだけど、家族のことなど考えずに自分のやりたいことができる環境にはちょっと憧れる。現実面そんなことできないのだろうけど、あまりにも保守的になってしまっている自分が嫌になっているのも事実である。殻を打ち破ろうといろいろなことに手を出しはするが現実面うまくいっているわけではない。つらい毎日でもある。海外で働いていたときはそれなりに悩んだし、日本に帰ればまた違う悩みが、人間なんてそんなもんかもしれないが、その小さなストレスがいつも自己嫌悪というまったく違うファクターに変貌し、ある意味で自暴自棄に陥ってしまう。
果たして家族の制止を振り切ってまたしても海外に打って出て何の価値があるのか?そこで私の人生は輝いていくのか。面白い自問自答であるが今この瞬間に答えは出ない。
人の芝生は緑に満ちている。よくわかるのだがこの混沌とした内面をどう受け止めていいのか良くわからない。
春である。光に満ち溢れて、新入社員、新入生、色々な意味で人生の第一歩を切る人達がいる。希望にあふれ自分の人生なんでもできると思って堂々と歩みを進める。
まもなく私は新しい年齢となり会社人生もいよいよカウントダウン。
「夜明けの来ない夜はない」こんなことを言う人がいたが、北極圏のように2ヶ月間朝が来なかったらどうするんだ!!!