2月の雪
Name: 虎清水権造 (2006年3月8日)
Date: 06年3月08日 13時40分32秒
最近ちょっと落ち込み気味で昔からあったように鬱が始まったのかなあと思うほど、毎日が面白くない。何をやってもうまく行かないような気がするし人と積極的に話がしにくい毎日を送っている。
そんな中久しぶりに新潟に行ってきた。Junさんなんか懐かしい風景だと思うが典型的な雪国の世界で特に今年は豪雪だった影響か今でも多くの雪が残っており、私にとっても久しぶりの銀世界を堪能した。
実は私も少年時代小樽で過ごしたこともあり雪がきれいなだけでなくどんなに大変なものかを実感している。雪下ろしなどもちろん子供時代だから屋根の上まで登っておろすことは無かったが屋根からおろされる雪がどさどさと落ちてきて恐怖すら感じた。また春の雪解けのころの雪は黒々と汚くなりこの汚い雪こそが春の象徴だった。
雪の一日は暗い。朝起きて窓を開けても雪下ろしでできていた雪の小山で朝はさえぎられ陽が居間まで指してこない。朝から室内は電気をつけないと生活できない。玄関を出てもまずは小さな雪でできた小山を上ってそれから公道に出る。つまり家中を雪で完全に囲まれてしまうのである。毎日毎日家の前を除雪しても除雪しても一晩でまた最初からやり直し。小さいころは早く春が来いといつも願っていた。そしてこんな雪に囲まれたところでは暮らせないと思った。それが結果的にアメリカではロサンゼルス、そして東南アジアを選ばせたのかもしれない。
新潟からローカル線に乗る。雪国らしく手動式のドアを引いて入る。私が少年時代を過ごした小樽ではまだ札幌からは蒸気機関車だった。ご存知の通り雪は消音作用があるので、静かな平野を蒸気機関車シュシュという音と踏み切りのたびに出される汽笛が物悲しく平野を渡っていく。子供心に寂しいと思った。

大晦日は特に寂しかった。夜中12時にあわせて小樽港に停泊している汽船や小樽駅にいる機関車がいっせいに汽笛を鳴らす。それが沈黙の街中に響き渡る。私はそれまで東京で育っていたから、この汽車に乗れば東京に帰れるのにと汽笛を聞きながらずっと悲しい思いをしたのを良く覚えている。
あのころから変な少年でクリスマスプレゼントは何が欲しいのかという子ども会の絵でタイプライターを描いた覚えがある。とにかく雪が怖くてまた外に出るのが嫌で一人で遊ぶのが好きな少年だった。
こんな少年時代を送ったからだろう学生時代に親友と呼べる人はいない。最後の最後まで心を開くことは無かった。表面上は陽気に振舞っても内面では陰気な嫌なやつだった。これは今も変わらない。陽気にする演技は簡単にできる。それでもその場では心から笑っていない。そんな私だが信じようとする努力は怠らなかった。それでもやはりENet上ではバーチャルで終わってしまうのかもしれない。
もう3月これからいい事在るかもしれない。人生前向きに生きていく必要があるのだろう。春の来ない冬は無い そうかもしれない
それでも私は考える。ここが底だ底だと思っていてもさらにもっと深い底が来るのではないかと
人間V字型復活と言うのはあるのだろうか