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インド人の祭り「タイプーサム」 |
![]() 複合多民族国家と言われるマレーシア、45%がマレー系、中国系が32%そしてインド系が9%。その他オランアスリ(直訳するとオラン=人、アスリ=本当の)と呼ばれるゲンマレー系少数民族各部族が14%。その中で1番少ない民族インド系が1年に1度「ここはインドだっけ!?」とドラエもんの「どこでもドア」を通り抜けてきたかのような錯覚を覚えるほど集まる「タイプーサム」。その舞台となるのがKL市内からハイウェイで30分ほど離れたバトゥケーブ(バトゥ=岩・石、ケーブ=洞窟)です。
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![]() 普段そこは静かなインド人集合住宅地で「バトゥケーブに行ってくるよ!」なんてローカルの友人に言おうものなら「サルに気をつけろ!」「蛇が出るぞ!」「カメラはしっかり抱えて!食べ物を持って歩くとサルに取られるぞ!」などと馬鹿にされる。バトゥケーブに住むインド人の友人はいつも「良く田舎からわざわざ」と田舎者扱いされるのだが、1年に1度のタイプーサムの時だけは別だ。異様とかすごいとかそんな言葉では言い表せない、とにかく普通のお祭り感覚でいたらあまりの衝撃に声も出ないし逃げることもできなくなる(怖くて逃げ出したくなるの)。
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![]() インドの代表的な宗教はヒンドゥー教だが、ヒンドゥー教というとヨーガや様々な苦行を通して至高の境地に到達しようとすることで知られ、象の顔を持つガニッシュ神女、破壊の神であり3つの目を持つシヴァ神など、様々な神々が崇められている。このタイプーサムは苦行によって願いを叶えるため、皆背中、舌、頬、胸などに鉤針や鉄串のようなものを刺し、そこに果物(ライムなど)をぶら下げたりする。ある人は背中に刺した針からロープを掛け、飾り付けした神を肩に担ぎ、そこからチェーンで背中、胸などに刺さった針をつなぐ。それぞれ趣向を凝らした神様を担ぎながら長い道のりを経て、険しい階段を登り、神々の祭られた洞窟まで向かう。それらの人々にはそれぞれの願い事があり、タイプーサムの日までに断食をする。
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![]() 断食と言ってもマレーシア人イスラム教の断食とは少し異なる。マレーシア人の断食は日が昇っている間食べ物はもちろん飲み物も(中にはつばも吐き出す敬度信者もいる)口にできないが、日が沈めば次の日の日の出前まで豚肉以外好きなものが食べられる。ところがヒンドゥーの断食は(あるインド人から聞いたので定かではないが)バナナとミルクだけを食し、2週間ずっと部屋の中で神のことだけを考え祈り続けるのだそう。人によっては1ヶ月も祈りる続ける事も。その間会社は休みを取ってしまうなど人によってやり方はいろいろらしい。野菜、果物なら食べてもいいんだよ、と言っている人がいたが、とにかく心も体も清い状態でタイプーサムに臨まなければ針を刺した後穴があいたり、血が出て跡が残ると言われている。みな背中や舌に針を刺したり、火の壷を持ったりと、普通ならばできないことが可能になるのは、厳しい修行によって神が体に乗り移るからだと信じている。
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私がタイプーサムを訪れたのは、98年と99年の2度だが、1度目のときは、マレーシアに来てまだ1ヶ月しか経っていなかったので(しかも訓練中!)その衝撃はかなり大きく、同期の友人2人としばらく行進するトランス状態の苦行者を、群がる見物人を押し分けてまで見る勇気が無かったのだが、3時間位すると、「あの人はイマイチ気合が足りない!」などと評論するまでに至っていたのであった。見ている方も次第にその空気に飲まれていく、そんな感じなのである。 |